【連載】看護・医療の今を知ろう!

第1回 エンゼルケアの新展開

取材 小林陽子

東京都健康長寿医療センター 皮膚・排泄ケア認定看護師

いま、臨床で、死後の全身の変化を見通した適切な逝去時ケアのあり方が整理・工夫され始めています。ご家族がご遺体に触れ合える、そんな状態で見送られるように、看護サイドがご遺体に対してできることは少なくありません。今回は、その新しい動きを紹介します。


トータルケアとしてより深化させた取り組みへ

患者さんが病棟で亡くなられたとき、看護師としてその後どのようにかかわるか、それはとても大きなテーマです。ここ数年で「死後の処置」に代わり、 「エンゼルケア」という概念が定着し、亡くなった直後の患者さんに対して行うベッドサイドケアが、ご遺族へのケアとしても重要であると認識されるようにな りました。

しかし、救命や疾病の治癒、症状緩和などを主な対象とする医療機関でのエンゼルケアには、さまざまな課題が山積しているといえます。時間とマンパ ワーが限られた現実の中では、エンゼルメイクや綿つめの是非といった断片的な知識に焦点があてられることが多く、なかなかそこからの展開が見いだしにくいのです。

こうした状況を打ち破る発想として、より本質的でトータルなケアを模索するべきではないかという声が、ある看護現場から発せられ、少しずつ病院全体へ広がろうとしています。エンゼルケアのあり方が深化し始めたのです。

引き継がれた技術は本当に適切か

東京都健康長寿医療センター看護部の小林陽子さん(皮膚・排泄ケア認定看護師)は、これまでの経験を通してご遺体への適切なケアの必要性を感じ、患者さんやご遺族のQOLを向上するための実践的な新しい取り組みを始めています。

ご遺体に対するケアは先輩から引き継いできたものがほとんどで、その方法は病院や病棟によってばらばらです。私は、根拠のあるケアをどの病棟の看護師もできるようにしたいと考え、そのための勉強会や取り組みを1年ほど前から院内で行っています」

逝去時ケアという視点

小林さんがキーワードとして強調するのは、ずばり「逝去時ケア」というストレートな言葉です。

「私は普段、各病棟やストーマ外来で人工肛門や褥瘡などのスキンケアを担当しており、これまでご遺体にはあまりかかわっていませんでしたし、死後、どのようにご遺体が変化するのかについても大ざっぱな知識しかもっていませんでした。おそらく病院勤務の看護師は、ほとんど同じ状況ではないかと思います」

「でも、エンゼルケアや遺体管理学(ご遺体の管理や処置などを対象とする学問)などのセミナーに出席して、勉強を続けるうちに、ご遺体も生前の患者さんと同じように看護師が関与すべき対象であると理解するようになりました。スキンケアの専門職として恥ずかしいことですが、その個人的な反省の上に立って、いま根拠のある逝去時ケアの必要性を痛感しています」

自然なご遺体の変化とは

患者さんが亡くなった後、生命活動を終えたご遺体には、腐敗、乾燥、臭気など、全身にさまざまな変化がみられます。

また、顔には蒼白化、死斑、うっ血、扁平化が、そのほか体の各部位には皮下出血や褥瘡部の変化、蜂窩織炎の変化などが認められるようになります。

これらは死体現象と呼ばれ、ごく自然な現象です。

深読みkeyword 腐敗

細菌がタンパク質を分解することによって腐敗は進行する。腐敗によって水やガスが発生し、やがてご遺体から臭気が漏れるようになってくる。特に、敗血症状態での死亡や栄養過多によって腐敗はより進行しやすい。腐敗対策は胸部や腹部を中心に局所を冷却することである。敗血症状態で死亡したご遺体はなるべく早く、遅くとも6時間以内に冷却する必要がある。

深読みkeyword 死体現象

生命活動を終えた肉体に自然に起こる物理的・化学的な死後変化のこと。早期死体現象と晩期死体現象に分類されるが、時間の経過とともにご遺体の状態は悪化し、決して改善することはない。代表的な死体現象は、体温低下、腐敗、蒼白化、死斑、筋肉の弛緩・硬直など。例えば、重力に従って比重の重い血球(赤血球)が下面に移動・沈殿し、上面に血漿(血清)が分解されると、上面では蒼白化が起こり、背面には赤紫色の死斑が現れることになる。

看護師の誤ったケアがご遺体を傷つける

ポイントは、この自然な現象が時間とともに変化するということです。したがって、亡くなった直後の患者さんに対して看護師が行ったケアが後々逆効果になってしまったり、ケアをしなかったことが後で大きなマイナスになることもありえます。

「例えば、髭剃りです。エンゼルメイクの際に安全カミソリや電気カミソリ以外のものを使ってご遺体の髭を剃ると、やがて褐色~茶色の水玉模様の変色が認められます。メイクをしていても、棺に納めてからしばらく経ち、ちょうど皆さんに顔を見てもらおうというときになって出てくる場合があるのです」

ではどうすれば防げるのか

「やはり、ベッドサイドで、温かいタオルで髭剃り部を温める→シェービングクリームなどを塗り、電気カミソリか安全カミソリで剃毛する→押さえ拭きした後、保湿するという正しい手順で看護師はケアしてほしいと思います」

生前は表皮の剥離や損傷があっても自然に治癒しますが、細胞の再生能力のないご遺体の場合、真皮が外気に露出したまま乾燥すると、収縮し硬くなったあげく、皮膚が革製品のベルトのようになる革皮様化という状態へ変化します。後々遺族を悲しませないためには、生前の患者さんに対して行っていたのと同じような細心のケアが求められるのです。

学会発表などを通して啓発活動を開始

こうした逝去時ケアに必要なのはチームアプローチです。そこで重要なメンバーとなるのが、葬儀業者の担当者です。

「いままで看護師が逝去時ケアの多くを知らなかったのは、ご遺体を霊安室に運ぶだけで、後の管理を葬儀業者にお任せしていたからだと思います。逝去時ケアとして考えるならば、依頼する際にご遺体の状態やケアの内容を報告する必要があります。特に、腐敗が進みやすい肺炎や敗血症など高体温で亡くなった患者さん、腹水のある患者さん、急性心筋梗塞などで急死された患者さんなどについては情報をしっかり伝えなければなりません」

小林さんは、得られた知識やノウハウをさらに追加して、より使いやすいマニュアルづくりを目指しています。同時に、関連学会などで成果を発表し、院外へ向けた啓発活動も積極的に行っています。

「今後は、傷や褥瘡の部位、感染予防対策の必要性などがわかる葬儀業者への報告シートや、死後の変化をまとめたご家族への退院パンフレットを作成するとともに、看護技術の基本としてコスト化を考えていきたいと思います」

取り組みは始まったばかりですが、これからの展開に要注目です。

ご遺体の変化

ご遺体の変化を知ることでわかる適切なケア

小林陽子さんが作成した「『逝去時ケア』の必要性と方法」には、死後のご遺体の経時的な変化とその原因に加え、どの病棟の看護師も対応できるよう具体的なケアの方法などがまとめられています。

ここで示される望ましいケアの手順は、ご遺体のリスク評価と処置の選択から始まります。そして、口腔内・鼻腔内のケア、下顎の固定、全身の清拭、患部・創部の処置、髭剃り、衣類の着付け、整髪、メイクといった一連のケアが続きます。シンプルな手順となっていて、看護師の少ない深夜帯でも対応できるのが特徴です。

病棟は時間との闘いですが、従来のエンゼルメイクセットの要領で「逝去時ケアセット専用BOX」と一覧用の「実施手順」を病棟に常備しておくことで、すぐにケアが開始できるようになっています。一連のケアは長くても30分ほどで終了します。

ここで、これまでに紹介した乾燥予防のスキンケアや髭剃り時以外のケアについても、2点ほど紹介しておきましょう。

死体現象の予防対策としての創傷ケア

中心静脈や末梢の点滴を抜いた後、時間の経過とともにうっ血や皮下出血、浮腫、皮膚の変色などが生じたり、切開部や穿刺部から滲出液が漏れ続けたりします。大量の滲出液は衣類や寝具を汚し、臭気を強める恐れがあります。こうした現象は、死後も血管内圧が残っていたり、血液凝固機能が失われるために発生します。

また、褥瘡部は細菌が多数存在し、体温がなかなか下がりにくい部位であることもあって、細菌繁殖による腐敗や臭気が進行しがちです。

これらの死体現象の予防対策として、25℃以下を目安とした適切な冷却とともに、創傷ケアを心がけます。まず、洗浄剤と微温湯を使って創部を洗い、消毒液を塗ります。そして、抗菌効果のある銀イオンが入った創傷被覆材を充填し、透明の防水テープを貼ります。うっ血や皮下出血、滲出液の漏れなどは、これによって最小限に抑えられます。

逝去時ケアセット専用BOXの写真
【写真】逝去時ケアセット専用BOX

チンカラーなどによる浮腫へのケア

ご遺体の口を閉じさせようとしてチンカラーを単品で装着したり、安易に紐で縛ったりすると、その後、装着部の皮膚が変色し、顔全体に浮腫が認められるようになります。網状の包帯で縛った場合には、レース模様のような痕が残ります。

どちらにおいても、ご家族に「虐待にあったのではないか」「不適切な治療が行われたのではないか」という不安や不信感が生まれることがあるので、細心の注意が必要なケアといえます。

浮腫の原因は、組織間浮遊液の移動が止められるためです。枕を高くして前傾の状態にし、顎に丸めたタオルをはさんで口唇を閉じておくことで解決できます。

家族の最後のケアとして、よりよい方法での実施を

逝去時ケアは、「ご家族と最後のよい時をつくる」ことが1つのテーマです。承諾を得た上で残された家族と一緒に行うようにすると、遺族ケアとしても効果的です。患者さんの逝去当時を振り返って、「最期に体が拭けてよかった」という遺族の言葉をいただけるケースもあるといいます。皆さんの医療機関でも、現行のエンゼルケアを一度見直してみませんか。

望ましい遺族ケアの手順

次回からは、食物アレルギーの新たな治療法についてお伝えします。

(『ナース専科マガジン』2011年2月号より転載)

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