【連載】大切な人を亡くす子どもへのケア

第3回 年齢によって「死」の捉え方は どう違うか(前編)

監修 廣岡佳代

訪問看護パリアン訪問看護師 聖路加看護大学看護実践開発研究センター客員研究員

親をはじめ、子どもにとって大切な人が亡くなる場合、そのことを事前に知らせることは、子どもの発達の面からも大切です。死を伝えることで、決して悲しみが軽くなるわけではありませんが、残された時間を意識しながら一緒に過ごし、子どもなりのお別れができるからです。「子ども」と一言でいっても、年齢によって死についての理解力も、患者さんや医療者とのかかわり方も異なります。

今回は、「大切な人を亡くす子ども」へのかかわりを考える際に大切な、子どもの年齢に応じた死の捉え方について学んでいきましょう。


死んだ人も生き返ると幼児は考える

死に対する子どもの認識や理解を明らかにしようと、これまでいくつかの研究が行われています。なかでも、ハンガリーの心理学者ナギーが行った、3~10歳の子どもの死の認識に関する研究(1948)は、子どもの年齢に応じた死の理解を読み解く上で、基礎となる考え方です。

これによると、3~5歳では死が逆戻りできないこと、つまり、死んでしまったら二度と生きている状態に戻らないこと(不可逆性)や、肉体的な生の終わり(身体機能の停止)であることが理解できないとしています。そのため、子どもは、『死んだ人が目を覚ます』、あるいは『電池が切れたおもちゃのように再び元に戻せる』、と考えるとしています。

5~9歳では、死を敵として、擬人化して捉えるとしています。子どもが死を人のように捉えると、死から回避することも可能だと考えます。そのため、「家族みんながお母さんと仲良くしているから、お母さんは死なない」というように捉えることがあります。

親の死が自分のせいと考える子ども

また、死が存在することはわかっても、誰にでも起こる避けられないこと(普遍性)を認められず、あくまでも偶然の出来事として捉えます。そのため、『死がペットだけでなく、人にも訪れる』ことが理解できなかったり、死の因果関係が非現実的になることがあります。例えば、『お母さんなんて死んじゃえばいいと思った』などのように、子ども自身の望みが死を招くという誤解を抱いたり、あるいは、「いい子にしていなかった」「嘘をつく」など、自分の過去の行いや考えが大切な人の死にかかわるという考え方をします。

9~10歳では、成人のもつ死の概念にかなり近づきます。前述のような、死の不可逆性、身体機能の停止、普遍性がわかるようになるとしています。

中学生と幼児の娘をもつDさんのケース

では、入院中の患者さんの子どもは、親の死をどのように理解していくのでしょうか。ホスピスでの事例から振り返っていきたいと思います。

肺がんでホスピスに入院している40歳代のDさん(男性)は、妻、長女(中学生)、次女(保育園)の4人暮らしでした。入院当初からDさんは、「子どもも小さいし、まだ生きたい」と話していました。肺がんによる胸水貯留が認められ、さらに右前胸部に疼痛が出現しましたが、「まだやり残したことがある。ここでくたばれない。だから頑張っている」と話していました。

入院後、医師からDさんへ、子どもに病気について話したほうがよいこと、また、伝え方がわからない場合は、医療者がかかわることを伝えていました。しかし、Dさんは「治るから伝える必要はない」「下の子には言ってもわからない」と話し、病気について伝える気持ちはありませんでした。さらに、Dさんの自宅は病院から離れた場所にあり、平日に子どもたちが来院することは少なく、医療者と子どもがかかわる機会もほとんどありませんでした。

父親の病気のことを子どもに伝える

しばらくしてDさんが、「長女にがんであることは伝えたが、悪いものじゃない……良くなる、頑張ると言った」と話しました。これを聞いた看護師は、「これをきっかけに次女さんにも話したらわかることがあると思いますよ」と伝えましたが、Dさんは「そうだね」と答えるのみでした。

その後、病状悪化に伴い、Dさんと妻の了承を得て医師から長女へ近い将来父親が亡くなる可能性があることを伝えました。説明後、長女は「お母さんにも聞けなかった。本当のことを知るのが怖かった」と話していました。

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