【連載】看護・医療の今を知ろう!

第4回 【ロコモティブシンドローム】 簡単トレーニングで寝たきりを防ぐ!

取材 大江隆史

日本整形外科学会専門医、日本ロコモティブシンドローム研究会 委員長

時代のニーズに対応した、高齢者の診療やケアの充実が求められるなか、最近、「ロコモティブシンドローム」という考え方が登場しています。

移動能力の低下が要介護状態への近道にならないよう、運動器の健康に着目した包括的な概念を指す合言葉として、今後、運動器障害への気づきと理解を深めていきそうです。


目次


運動器の障害が高齢者のADL・QOLを低下させる

高齢者医療では、完治の見込みのない病気や健康障害を抱えた患者さんがたくさん存在し、そうした人への適切な治療やケアの必要性が高まっています。その一つが運動機能の低下(運動器障害)に対する治療やケアです。

運動というと、私たちはすぐにスポーツをイメージしますが、本来は人間が体を動かしたり、移動するといった日常生活全般に不可欠な行為です。筋肉、 骨、関節(軟骨)、腱、神経などの組織・器官が運動機能をつかさどりますが、これらの運動器が加齢による長期間の使用によって少しずつダメージを受ける と、やがて移動障害が起こりやすくなります。歩行が困難になれば、高齢者は外出を控え、家に閉じこもりがちになることが懸念されます。

また歩行障害以外にも、筋力低下、バランス力欠如などによって、例えば少し重い荷物を持てない、階段の上り下りが困難になるなど、日常生活のさまざまな場面でADL・QOLは低下します。このように、運動機能の低下は高齢者の生活障害に直結している問題なのです。

こうした運動器の健康に多くの人々や医療者が関心をもち、その重要性を認識し、具体的な予防対策を実行してもらうために、整形外科の専門医の間から新しいキーワードが登場しています。それがロコモティブシンドロームです。

深読みkeyword 運動器障害

腰部脊柱管狭窄症が原因で下肢の痛みのために歩行が制限される事実からもわかるように、運動器障害の原因は単 に筋肉・骨・関節だけにあるわけではない。脳からの指令が脊髄→末梢神経→筋肉・骨・関節という順に伝わってはじめて各組織・器官が協調的に働き、歩行や 移動が可能となる。

これらの運動器のどこに不具合を生じても、移動能力などの運動機能が低下するのが運動器障害の特徴である。おもに加齢により運動器に不 具合をきたす疾病の代表が骨粗鬆症、変形性関節症、脊柱管狭窄症である。

2008年度から、厚生労働省の運動器疾患対策事業がスタートしている。

深読みkeyword ロコモティブシンドローム

運動器症候群。おもに加齢による運動器障害のため、移動能力の低下を来たして要介護状態になっていたり、要介 護状態になる危険の高い状態を指す新語として、2007年に東京大学大学院整形外科学教授の中村耕三医師と、名戸ヶ谷病院副院長の大江隆史医師によって発案された。

考え方としては、いくつかの代謝異常の総体が動脈硬化や心血管障害を引き起こすというメタボリックシンドロームが、ロコモティブシンドロームの参考になっている。

市民への啓蒙策として、今年8月には「ロコモ チャレンジ!推進協議会」が設立され、ロゴマークもつくられた。協議会の趣旨に賛同する団体や企業と協力しながら、息の長い運動を目指している。

超高齢社会の現代で寝たきりを増やさない

2008年に日本ロコモティブシンドローム研究会を発足させた名戸ヶ谷病院副院長(整形外科部長)の大江隆史医師は、整形外科疾患を取り巻く状況について次のように説明します。

「昨年、日本の高齢化率は21%を超え、WHOの定義に従うと、既に超高齢社会に突入しています。整形外科を受診する患者さんをみると、四半世紀前は比較的若い方のスポーツや事故などによる外傷が中心でしたが、現在の患者さんのピークは70歳代で、高齢者の骨粗鬆症、変形性関節症、脊柱管狭窄症などが急増しています。

このように、日本は短期間に疾病構造が大きく変化し、整形外科に求められるニーズも変わってきています。特に、ADLやQOLを低下させる運動器障害に対する予防やケアは、ますます重要になっています」

現在、日本人の平均寿命は女性86歳、男性79歳。さらに、現在70歳女性の平均余命は20年以上ありますから、現在70歳の女性の方は平均して90歳まで運動器を使い続けなければなりません。そうした超高齢社会の中で人生を楽しく健やかに過ごすためには、関節の障害や骨折、転倒などをなくし、ADLやQOLを維持することの大切さに人々の目を向けさせなければならないでしょう。

「高齢者の運動障害は、複数の病態が複合・連鎖しています。移動能力に注目して運動器の障害を総合的に考えようというのがロコモティブシンドロームのいちばんのポイントです」

メタボに続け! 運動器の健康に着目した新たな合言葉「ロコモ」

「ロコモティブ」は「移動能力がある」という意味。運動器の障害に関する疾患として既に運動器不安定症という、保険診療上認められた疾患がありますが、ロコモティブシンドロームのほうはより広い概念となります。

今では広く知られるメタボリックシンドロームが、内臓脂肪の蓄積が原因となって心臓疾患や脳血管障害などを引き起こす、いわば内臓の病気ととらえることができるのに対し、このロコモティブシンドロームは、運動器の病気が複合・連鎖して起こる移動能力の低下という状態を意味するといえばわかりやすいかもしれません。

疾患ではなく、広く移動能力に着目して運動器の障害を考える

ロコモティブシンドロームの要因となる疾病には、次の3つが挙げられます。[1]骨粗鬆症、あるいは骨粗鬆症による骨脆弱性骨折、[2]変形性関節症や関節炎による下肢の関節機能障害、[3]脊柱管狭窄による脊髄・馬尾・神経根障害です。

「この3つの疾患を別々にとらえていては、複数の疾患が重なることの多い高齢者の医療ニーズに十分に応えられません。ですから、私たちは個々の疾患に加えて、トータルな視点として移動能力に着目しているのです」

最近、運動器障害を抱える高齢者が増加し、例えば、大腿骨頸部骨折の手術をしたけれども膝の変形性関節症のために歩けない、あるいは頸椎症性脊髄症が原因で歩行が不安定となり、転倒骨折し、手術によって骨折は治癒したものの、脊髄症のために歩けないというケースが多く報告されています。移動能力という広い視点から高齢者の運動器障害を考える重要性が増しているのです。

運動器障害は要介護状態への近道!

では、ロコモティブシンドロームは最終的にどのようなリスクを招きやすいのでしょうか。 「運動器障害は高齢者の要介護状態となる原因の約4分1を占めているという事実があります。原因全体のうち、骨粗鬆症とそれに関係する骨折が11%、関節疾患が9%、脊髄損傷が2%という具合です」

つまり、運動器障害は要介護状態への近道ということになります。「運動器の健康に無頓着→加齢による運動器障害→ロコモティブシンドローム→要介護状態」という流れを理解してもらうために、新しいキーワードが必要になったというわけです。

スポーツ医学やリハビリテーション医学の知見も集約

ロコモティブシンドロームが総合的な考え方である以上、整形外科の専門医が蓄積してきた知見のみならず、スポーツ医学やリハビリテーション医学などとの交流がより大きな成果をもたらすと期待されています。

例えば、要介護状態と密接な関係のある筋肉を例にとりましょう。加齢に伴い、筋肉の量も力も低下し、歩行速度が落ちたり、階段を昇りづらくなったりします。そして、自分の体を持ち上げられなくなるのです。しかし、筋肉の変化にはかなり個人差があると考えられています。

70歳代になると3倍ほどの個人差が現れます。上半身よりも下半身、しかも膝から上の太股、お尻、骨盤周りの筋肉、つまり下半身の大きな筋肉がより減少します。『ウォーキングで筋肉を鍛えています』『毎日、散歩して体を動かしています』という人がいますが、軽い散歩では膝から下の筋肉は使うものの、下半身の大きな筋肉はほとんど使わず、その減少を予防できないことがわかっています。スクワットのような、お尻を下ろしてしゃがむ練習が効果的です」

高齢者でもできる自己診断とトレーニングを提唱

スポーツ医学では常識だった、こうした知見を参考にしながら、学会ではロコモティブシンドロームの対処法であるロコモーショントレーニング(ロコトレ)を提唱しています。また、介護研究や社会福祉調査の成果を参考にしてロコモーションチェック(ロコチェック)という7つのチェック項目を定め、高齢者でも簡単に自己点検できるように工夫しました。

「どういうケースが変形性関節症を悪化させるかなど大規模な臨床研究が数年前からスタートし、少しずつエビデンスが蓄積され始めています。その結果を参考に、将来的にはロコチェックを診断基準としてまとめようと考えています」

ロコモティブシンドロームの点検法

要介護状態の危険が高いロコモティブシンドロームになる前に、自分の健康状態に気づいてもらおうと考えられたのがロコチェックです。7項目ありますが、そのうち1つでも当てはまれば、ロコモティブシンドロームの心配があります。

□ 家の中でつまずいたり滑ったりする
□ 階段を上るのに手すりが必要である
□ 15分くらい続けて歩けない
□ 横断歩道を青信号で渡りきれない
□ 片脚立ちで靴下がはけない
□ 2kg程度(1Lの牛乳パック2個程度)の買い物をして持ち帰るのが困難である
□ 家のやや重い仕事(掃除機の使用、布団の上げ下ろしなど)が困難である

このロコチェックの7項目は、高齢者を対象とした介護予防のための生活機能評価、転倒リスクの予測など、医学的な研究によって得られた知見が根拠となって選定されています。

ロコトレ訓練法

移動障害のレベルに応じた訓練ができるように工夫されています。「開眼片脚立ち」と「スクワット」の2つの訓練が基本です。

開眼片脚立ちイラスト

開眼片脚立ち

※左右1分間ずつ、1日3回行いましょう。踏ん張って片脚でバランスをとることを意識しましょう。

・床に着かない程度に片足を上げます。
・転倒しないように、必ずつかまるものがある場所で行いましょう。

※支えが必要な人は、医師と相談して机に手や指をついて行います。
・机に両手をついて行います。
・指をついただけでもできる人は、机に指だけついて行います。

スクワット説明イラスト

スクワット

※深呼吸をするペースで5~6回繰り返します。1日3回以上行いましょう。大腿の前後の筋肉、お尻周辺の筋肉に力を入れることを意識しながら行います。

・椅子に腰掛けたり、様式トイレにすわる要領でお尻をゆっくり下ろします。膝の曲がりは90度を超えないようにします。
・足は踵から30度くらい外に開き、開いた足の第2指の方向に膝を曲げます。曲げた膝頭がつま先より前に出ないようにします。
・安全のために椅子やソファーの前で行いましょう。

※支えが必要な人は、医師と相談して机に手をついて行います。
・机に手をついてのスクワットができないときは、椅子に腰かけ、机に手をついて腰を浮かす動作を繰り返します。

術後のリハビリや予防医療、在宅医療での活用に期待

ロコモティブシンドロームの考え方の特徴は、トータルとしての移動能力に着目しているところです。手術後の運動療法やその評価の際に、このトータルとしての移動能力の考え方が役立ちます。

「私は、脊柱管狭窄症の手術後に筋力が全体としてどれほど回復しているか、転倒の危険がなく安全に歩行できるかなどを評価するために、片脚起立時間を測定しています。また、外来でも患者さんの片脚起立時間を測定したり、スクワットの練習をしてもらったりしています。このロコモティブシンドロームの考え方は、術後療法だけでなく、予防医療や在宅医療など医療・ケアのさまざまな局面で活用できると考えます」

高齢者の移動能力をチェックする、それは患者さんの現在の運動器の状態、そして将来のADLやQOLを予測する一つの指標となりそうです。今後は、ロコチェックやロコトレを日常業務の診察や看護でも活用する意義がより重要視されるかもしれません。

引用・参考文献

1)大江隆史:超高齢社会の運動器医療とロコモティブシンドローム、日本医事新報、No.4496、p.54-58、2010.
2)大江隆史:ロコモティブシンドロームの概念、臨床スポーツ医学、27(1)、p.1-6、2010.
3)大江隆史:ロコモティブシンドロームとは、Modern Physician、30(4)、p.464-466、2010.
4)大江隆史:一般診療とロコモティブシンドローム1 自己評価法ロコモーションチェック、治療学、44(7)、p.62-65、2010.
5)大江隆史:ロコモーショントレーニング、THE BONE、24(1)、p.69-72、2010.

次回からは、「いま、求められる自殺未遂者ケア」についてお伝えします。

(「ナース専科」マガジン2010年11月号より転載)

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