【連載】大切な人を亡くす子どもへのケア

第11回 社会的・心理的援助を行うMSWの役割(前編)

監修 廣岡佳代

訪問看護パリアン訪問看護師 聖路加看護大学看護実践開発研究センター客員研究員

協力 堂園文子

堂園メディカルハウス副院長 メディカルソーシャルワーカー

鹿児島市にある堂園メディカルハウスは、総合診療科をもち、ホスピスケアを充実させた有床診療所です。外来通院、入院、在宅ホスピスなど、患者さんだけでなく家族を含めたその時々の状況に最も適したかたちで緩和ケアを提供しています。

その中でも特に、親を亡くす子どものケアに積極的に取り組んできた同院MSW(メディカルソーシャルワーカー)の堂園文子さんが、ケアが行われている現場の様子を、事例を通して紹介します。


死別にまつわる葛藤を、子どもの人生に残さない

当院では、ホスピスで最期を迎えたいという意思をもって療養している患者さんが多いので、家族や子どもにも、ある程度まで患者さんの状況が伝えられています。ただし、刻一刻と変化する病状について、患者さんや家族の認識と医学的な事実には違いが生じることもあります。

さらに、大人から伝えられた状況を、子どもが適切に把握できているとはかぎりません。ですから、「もしも、このまま患者さんに何かあったら、親との別れに心残りが生じて、子どもが人生に大きな問題を抱えてしまう」という状況が生じていないか、看護師をはじめスタッフが、気づきを共有するようにしています。

その上で必要なケースについて、子どもへの心理的援助をMSWがコーディネートして行っています。具体的には、子どもへ親の病状を説明したり、子どもとの面談を通してニーズを把握したりということです。病状の説明には医師も同席し、必要な場面では患者さん自身や他の親類や看護師が同席することもあります。

外来、入院、在宅を通してホスピスケアを行う同施設での実践の様子とニーズについて、事例から紹介します。

事例─母親が緩和ケア入院し、子ども3人で生活する家庭

47歳のAさんには、高校3年生の長女、中学3年生の長男、小学6年生の次女という3人の子どもがいました。夫との離婚後、3年前に進行性乳がんと診断されたときには、すでにリンパ節に転移があり、他院にて化学療法などの治療を受けて退院しました。

しかし、その数カ月後に見つかった骨転移については、化学療法を伴う治療を拒否し自然療法を選択。そのため、ペインコントロールと腫瘍出血の処置を希望し、5月下旬に当院外来を受診しました。

外来受診時には、家庭で唯一の働き手である母親の収入がなくなり、家計が困窮しているという話が出ました。そのため、MSWから生活保護申請の案内等をしました。

Aさん自身は病気について、「がんになったのは自分の体。自分の意思や考えに基づいて、がんとつきあっていきたい。がんになっていない部分の体と心は、まったく元気なままだから、体の中から治す力を出して頑張りたい」と語り、自然療法を並行して行いました。

残された少ない時間のなかで、子どもたちの将来を考える

しばらくすると、巨大化した乳房腫瘍から度重なる出血があり、輸血処置のための入院と在宅療養を繰り返すようになりました。

Aさんは常々子どもたちに、「自分のことは、自分でできるようになりなさい」と話しており、その意向を受けてきょうだいは、県内に住む祖母の応援を得て、家事を分担して通学していました。進路の選択についても、「自分の目指すものを、決断しなさい」というAさんに相談しながら、長女、長男ともに模索をしていました。

進路の選択や収入の確保などの問題が残る中で、Aさんの時間はそれほど残されていません。さまざまな手続きが手遅れになる前に、子どもたちに状況を知らせる必要があると考え、7月初旬、Aさんの実母と兄、子どもたちと、医師、MSWが面談をしました。

すでに子どもたちは、「乳がんの病気が重大な状態になっていると思う」(次女)などとの認識を示していました。そのため、将来的には安心の見込みはないこと、入院中の輸血処置によって母親の体はだいぶ楽になっていることを伝え、実母には生活保護の手続きについて案内をしました。

Aさんは、「何かあったときには、堂園メディカルハウスにお任せしたい」と覚悟を語りながらも、「がんを治すつもりで頑張っていく」という姿勢を貫いていました。しかし実際のところは、8月に入るころから出血が著しくなり、万一の場合には突然に死が訪れる可能性も予見されました。そこで、子ども3人とMSWとで再度、面談をしました。

ページトップへ