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【連載】看護・医療の今を知ろう!

第6回 心不全診療の新しい流れ~目に見えない治療とBNP~

  • 公開日: 2012/3/15

入退院を繰り返しつつ病状が進行する慢性心不全は、これまで重症度や症状によって治療方針が決められるケース がほとんどでした。

しかし現在、専門医の間では「症状が認められない段階から経時的に進行する、より広い概念の病態」という、ステージごとの病態把握と治 療指針が浸透しつつあります。今回は心不全診療の新しい流れを追いかけます。


▼心不全の看護について、まとめて読むならコチラ
心不全の看護|原因、種類、診断、治療


心不全という病態のギャップ

 いま、心不全の疾病管理は看護の大きなテーマになりつつあります。言うまでもなく心不全は、心筋梗塞、心筋症、不整脈、弁膜症などの心臓疾患や、高血圧をはじめとした生活習慣病などのさまざまな基礎疾患、加齢などが原因となり、心機能、特に左心室のポンプ機能が低下した状態をいいます。代表的な症状としては、肺うっ血や全身の浮腫、低心拍出による倦怠感などがみられます。

 ところが、医療者の一部や一般の人には、心不全という病態がやや異なるイメージでとらえられているようです。あらゆる原因によって心臓が弱った揚げ句に、その最後の最後になって突然現れる最終段階の状態、あるいは患者さんが死亡する直前の疾患という感覚 が、心不全にはあるのです。かつて、死亡診断書に心不全という病名が安易に記載されていたことも、こうしたイメージを作り上げた一因かもしれません。

自覚症状のない段階から治療は始まる

 実は、心不全の治療のベースとなるACC/AHAステージ分類によると、心不全には自覚症状はないが心機能が低下している「ステージB」の状態も含まれています。しかし、臨床現場では症状がなければ治療対象として認識しにくいのが現状です。

 その反省として、いま心不全を心機能の最終的な段階としてとらえるだけでなく、心機能の低下が進行しつつある、もっと前の段階からとらえようとする積極的な動きが生まれています。心不全の予防や重症化防止なども含めた、トータルな視点での心不全診療が叫ばれ始めたのです。

深読みkeyword ACC/AHAステージ分類

 心臓のポンプ機能が低下し、全身が要求する十分な血液を心臓が拍出できない状態が心不全。その心不全のステージからみた治療指針が ACC/AHA(米国心臓病学会/米国心臓協会)「慢性心不全の評価と治療に関するガイドライン」で、1995年に発表され、2005年に改定された。心不全の発症や進展の過程をAからDの4つのステージに分類し、各ステージの治療指針を示しているのが特徴。

ACC/AHAステージ分類
表 ACC/AHAステージ分類

心不全は経時的に進行する疾患

 新しい概念に基づく心不全診療に取り組む北里大学医学部循環器内科学の猪又孝元医師は、心不全という病態のとらえ直しの必要性を指摘します。
 
「一般教育講演や市民講座などで心不全の話をしても参加者はあまり多くありません。心不全のきちんとした概念が浸透していないために、身近な疾患ととらえられていないのでしょう」

「ところが、強心薬の使用量などから推計すると、ACC/AHAステージ分類でC以降の、心不全を発症した患者さんの数だけでも最低100万人はいると考えられています。ステージBの患者さんを合わせると、おそらく200万人にはなるでしょう。やはり、心不全は経時的に進行する疾患であり、かなり広い概念の疾患であることをわれわれがもう少し啓蒙しなければと思います」

ステージBの患者さんへの治療が鍵を握る

 それを定着させる鍵を握っているのが、症状は現れていないけれども心機能の低下がみられる、ステージBの患者さん。医療者にとって、どのようなインフォームド・コンセントや治療方針が適切なのかが、重要な課題になっています。

「心不全の症状で困っていないステージBの患者さんに対して、医師が『リスクがあります』と言ってβ遮断薬などを処方しようとしても、患者さんにはなかなか納得してもらえません。目に見えにくいだけに、患者さんに治療の意義を説明して納得してもらい、共通の目的に向かって進んでいけるかどうかがポイントになります」

重症度や症状よりもステージ分類に応じた治療方針が意味をもつ

 現在の慢性心不全の治療ガイドラインでは、重症度や症状によって薬物療法の治療指針が示されています。ただ、重症度や症状だけで治療方針を決定すると、かえって危険なケースもあると言います。

「慢性心不全の治療ではβ遮断薬が推奨されていますが、β遮断薬の投与によって導入直後は心機能がある程度低下し、心不全がむしろ悪くなる可能性があります。慢性心不全といっても、もし肺うっ血などの症状が明らかで重篤な急性増悪期の場合、β遮断薬の投与によって弱った心臓が一気に悪化し、命を落とす危険もあるのです」

 むしろ、患者さんの心機能の状態やステージに応じた治療方針が意味をもちます。

「患者さんが、差し当たりいまを乗り切れる状態なのか、乗り切って症状が落ち着き予後を考えなければならない状態なのか細かくチェックし、そのうえで適切な治療を行う必要があるのだと思います」

「目に見える治療」と「目に見えない治療」

 猪又医師は、症状を軽減させる「目に見える治療(visible treatment)」とは区別した「目に見えない治療(Invisible treatment)」を設定することによって、症状のないステージBの患者さんに対しても適切な治療を開始でき、同時に心不全の概念をきちんと定着させることができるのではないかと考えています。

 2008年には欧州心臓病学会(ESC)が新たなガイドラインを作成し、急性と慢性に分けた個別の診療体系ではなく、ステージ分類に応じて治療を組み立てる流れが生まれています。猪又医師が強調する「目に見える治療」も「目に見えない治療」も、こうした新しい動きに呼応しているといえるでしょう。

長期予後の改善を目指す「目に見えない治療」

 では、「目に見える治療」と「目に見えない治療」とはどのような治療を指すのでしょうか。前者は目の前に症状があるわけですから、それを軽減させる ために、利尿薬や血管拡張薬などを使用し、特定の患者さんにはジギタリス製剤のほか、両室ペーシング、植込み型除細動器などの治療を行います。

 一方、後者では基本的に日本循環器学会の『慢性心不全治療ガイドライン』に準拠し、そこで推奨されている薬(ACE阻害薬、ARB、β遮断薬)を処方します。治療の目的は長期予後の改善です。

「目に見えない治療」の指標として注目される「BNP」

 さて、この「目に見えない治療」をステージBの患者さんに行うには、やはり納得できる客観的な指標が必要です。そこで最近注目され始めているのが、患者さんの心機能の状態をチェックでき、治療のモチベーションを高めることに貢献するメルクマール、血漿(脳性ナトリウム利尿ペプチド)です。

 心機能の低下によって心臓に血液が滞留すると、心臓の壁に発生した壁応力によって、このBNPというホルモンが産生されるといわれています。さらに、BNPは現時点での心機能の状況だけではなく、もっと別の重要な情報も含んでいます。

「血液検査でBNP値を測定すると、目に見える症状が悪化してBNP値が高い人のほかに、目に見える症状がなく、レントゲン検査でも異常が見つからないのにBNP値が高いという人が、全体の2~3割ほどいます」

「BNPは胎児型遺伝子です。まだBNP産生の詳しいメカニズムは解明されていませんが、心筋梗塞などで心筋が障害されたときなどに、昔使っていた胎児型遺伝子のBNPを産生して心筋を保護しようという再発現現象がみられます。つまり、もともとの心筋の性質が悪くてもBNPが産生されるのではないかと考えられます」

深読みkeyword 日本循環器学会「慢性心不全治療ガイドライン」

 心不全の重症度を示す分類として、自覚症状をベースとしたNYHA(New York Heart Association)分類がよく知られている。重症度はI~IV度に分類される。日本循環器学会の作成した「慢性心不全治療ガイドライン」では、NYHA分類による薬物療法が示されている。

深読みkeyword BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)

 心機能の低下に伴って上昇する神経体液因子の一つ。ANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)とともに、心不全の診断や重症度評価に有用であると考えられるようになった。BNPは主に心室から産生される。心筋が障害を受けた際に起こるBNPの再発現現象は心肥大な どとも関連しているとみられており、現在、基礎研究の分野で大きな研究テーマとなっている。

 臨床では、BNP値が血液検査後すぐに判明する便利なバイオマーカーであるため、今後、さまざまな場面での応用が期待されている。

BNP値で「いま」の心機能と「もともと」の心筋の性質を推測できる

 要するにBNPは、いま目に見えて悪い要素と、もともとの心臓の性質を反映していると推測されるのです。したがって、一見心不全の徴候や症状がみられないステージBのような人でも、もしBNP値が高ければ、心臓の性質が悪いということになり、「目に見えない治療」をきちんと行う必要性が生じます。

「われわれはBNP値100pg/mlとか200pg/mlを一つの目安にしていますが、仮に400pg/mlで推移している人がいれば、その人の予後はかなり悪く、3年後か5年後に生命の危険が訪れる確率が非常に高いといえるでしょう」

BNPをガイドしながらの心不全治療に期待

 昨年あたりから、BNPをガイドしながら心不全の治療を行う疾病管理に関する論文が相次いで発表されるようになり、エビデンスが構築されつつあります。

「BNPの正常値の問題、あるいは住民健診や人間ドックで使うべきかなど、議論すべき問題点はたくさんあります。いずれにしても、BNP値が高いか低いかだけで右往左往することは避けなければなりませんが、BNP値の高い人にはβ遮断薬やACE阻害薬などによる『目に見えない治療』を積極的に行うべきだということは間違いなく言えると思います」

 BNPをガイドしながらの心不全治療は、スクリーニングなどの予防医療だけでなく、重症化防止に、さらには医療連携のツールとして幅広く力を発揮していくことになりそうです。

BNP値解釈
BNP値解釈②

(『ナース専科マガジン』2010年12月号より転載)

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