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【連載】日本一若い!? 訪問看護師の挑戦

第19回 被災地支援で出会った加藤

執筆 川添高志

ケアプロ株式会社・代表取締役社長

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今回は、訪問看護ステーションで働く女性看護師の加藤を紹介したい。加藤は、東日本大震災の発生4か月後に被災地支援のボランティアへ行き、これをきっかけとしてケアプロナースになった。被災地での活動、ケアプロとの出会いから、現在の訪問看護師としての仕事について話を聞いた。


もっと患者さんのそばに

私は看護学校を卒業したあと、看護学校の付属病院に就職しました。わからないことがあればすぐ誰かに聞ける病院勤務は、本当に良い環境であったことが今になってわかりました。

病院勤務を辞めた理由は、業務が患者さんのためでなく、組織を効率良く回すことだけを重要視していることに耐えられなくなったから。仕事の内容は二の次で、とにかく早くできる人が「仕事のできる人」とされている風潮がありました。全然、患者さんに寄り添えない。息苦しかったですね。10年目を迎える時に病院勤めをやめました。

被災地支援を通して

次の仕事を、と思っている矢先に東日本大震災が発生しました。ボランティアナースに登録し、看護師として被災地でボランティア活動を行っていました。その同時期に、ケアプロも被災地支援活動を行っていて、縁あって私もケアプロに参画することになりました。

2011年8月には、ケアプロの看護師2人と一緒に、南相馬の避難所に向かいました。そこでは、避難所の方々を採血し、健康状態のチェックを実施しました。中学校に寝泊まりしながら1週間ほどの活動だったのですが、最後の頃には地元のみなさんもかなり打ち解けてくださいました。

南相馬の方々は、家も仕事場も元の場所にあるのに帰れないという状態だったので、それ以前にボランティアで行っていた石巻の方々とは、また違った苦しみに耐えているようでした。

被災地支援活動中の石巻の様子

被災地支援活動中の石巻の様子。中学校で寝泊まりしつつ、健康チェック中

看護師兼カウンセラー?!

私が訪問看護師になるなんて、病院勤めの頃は思ってもいなかったです。 利用者さまは、私が訪問すると「加藤さん!待ってたわよ!」と言ってくれます。私を待っていてくれる人がいるのは本当に嬉しいことです。ご家族の方からは、介護や看護の相談に限らず、家族問題を打ち明けられたりもします。

多分、身内でもなく普通の他人でもない、訪問看護師はご家族にとって、他の人に言えないようなことも言ってしまえる相手なのかもしれません。今は私が、家族丸ごとの相談相手になっているケースもあります。頼られていることが重荷でもあり、幸せでもあります。

最期の望みを叶えるために

利用者さまの最期というのは、家族の意思に左右されがちです。以前、私が受け持った方で、延命治療は絶対に行わないと宣言している高齢の女性がいました。その方は注射一本でさえ受け付けなかったのです。 家族ははじめとても困惑していましたが、最終的にはご本人の意思を尊重しました。その方の最期は、本当に生物として自然な亡くなり方だったと思います。良いご家族に囲まれて素敵な最期でした。

誰でもその方のように自分の思い通りに亡くなる方ばかりではないのが現実です。私は訪問看護師として、理想の最期をご本人と一緒に考え、その最期に向かってできるだけ希望に添える環境作りをしていきたいと思っています。

被災地支援した石巻の風景

こちらも被災地支援した石巻の風景。建物も何もかも流されてしまっている

※次回は、鹿児島出身の若手、前田さんのインタビュー、月曜配信です。