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【連載】日本一若い!? 訪問看護師の挑戦

第24回 訪問看護師、栗原の挑戦

執筆 川添高志

ケアプロ株式会社・代表取締役社長

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今回の主役は、"ケアプロ訪問看護ステーション東京"の訪問看護師・栗原房江だ。栗原は小学生の頃に感音性の聴覚障害と診断された。その後、状態が悪化し、2010年に両耳の聴力はほぼ失われた現在は右耳に耳かけ型補聴器を、左耳に人工内耳を使用しながら、訪問看護師として勤務している。 さまざまな壁とぶつかりながらも、自分の好きな看護の道で生きることを諦めない彼女に、その半生を語ってもらった。


絶対的欠格条項という壁

私は小さい頃から病気がちで、幼い頃の記憶には「寝込んでいたこと」が多くあります。つらい時なぐさめてくれたのは、祖母や看護師さんでした。そこでもう3歳の時には、「看護師になる!」と決めていたんです。しかし、その後小学生の頃に、感音性の聴覚障害と診断されました。

進路選択の時期になっても、看護師になりたい気持ちは変わっていませんでした。ですが、看護師には絶対的欠格条項(目がみえない者、耳がきこえない者、口がきけない者には看護師免許は与えない)があることを知り、公立の看護学校からは受け入れられないかもしれないと周りから言われたため、私立の看護学校へ入学しました。

その頃は、看護師免許を取れるのか、わかりませんでした。ちなみに、看護学生時代の聴力障害は現在よりも軽かったのですが、病院実習や学内演習のときは聴こえづらいことも増え、そんなときに教員から「医療ミスを起こしかねない」と言われたりして、諦めて他の職業にしようかと思ったこともありました。

一方、看護学校時代は4年間、実習病院のホスピス病棟でボランティアをしていて、その経験から「看護師を一生の仕事にしたい」と、さらに看護師への憧れも強くなりました。 何といっても、3歳の頃から看護師になると決めていたので、「耳が聴こえないから諦める」という気持ちになれなかったのです。 また、さまざまな人に出会い、話を聞く中で、海外では私と同じような境遇の人も看護師として働いている事例がたくさんあることを知りました。

「看護は世界共通なのに、日本の決まりに自分を合わせなければならない」ということが納得できませんでした。その後、私が受験する前年の夏に、欠格条項は絶対的から相対的なものへと改正され、相対的法規のもとに国家試験を受験することができ、無事、看護師免許を取得しました。

全ての人に必要な合理的配慮

病院に就職してからのプレッシャーは、看護学生時代とは比較にならないものでした。 申し送りの声、医療機器のアラーム、血圧測定等、聴こえない場面に直面することも増えました。最もショックを受けたのは、亡くなる直前の患者さんの訴えが聴こえなかったことでした。

こんな状況について、管理者へ相談し、「あなたにだけ特別な配慮をするわけにはいかない」と言われたこともありました。雇用側は、職員配置基準のもと、看護師を駒のようなものとしかみていないように感じられる場面もあり、各自の個性、特徴、人生は考慮しづらい。雇用側の求める働き(それも超過勤務や少人数夜勤等、厳しいもの)への対応が難しい看護師は、やがて適応困難を生じるように思えてなりません。

これは障害をもつ看護師に限った話ではなく、介護や育児等のために、各自の時間を職場へ多く注げない看護師はたくさんいるのではないでしょうか。そんな看護師たちもきっと同じような言葉をかけられていると思うと、居たたまれません。

昨年、数千人から万単位と推測される看護師が、疾患や障害を理由に離職しているというデータをみました。 なかには、自助努力以外に周囲から適切な支援や配慮がなされていれば、働き続けられたケースも多くあったのではないでしょうか。長年の看護師不足に加え、少子高齢社会の今、雇用条件のハードルを下げ、より寛容な働き方を許容する仕組みを創ることが重要だと思っています。

※次回も栗原さんのインタビュー、看護師として働くエネルギーについて、水曜配信です。