【連載】看護に役立つ生理学

第19回 甲状腺と甲状腺ホルモン

執筆 梵天ゆとり(ぼんてん・ゆとり)

医師、日本医学放射線学会会員

放射線被曝の問題が大きく報じられると同時に、関心が高まった甲状腺。頸部に存在するこの小さな臓器が分泌するホルモンは、身体中のおよそあらゆる細胞に作用して、その代謝を制御しています。

このため、さまざまな原因によって甲状腺ホルモンの分泌が過剰になったり不足したりすると、全身の臓器に影響を及ぼし、多彩な症状を訴えて患者さんが病院を訪れることになります。


甲状腺ホルモンの調節系

甲状腺ホルモンは、他のホルモン同様に、生来備わった内分泌系の調節機構によって、極めて狭い範囲の血中濃度を保つようにコントロールされています。甲状腺機能異常を理解するには、この調節系の理解が欠かせません。

といっても臨床的に重要な道具立ては簡単で、下垂体という臓器が関与していることが理解できればひとまず十分です。

下垂体は甲状腺刺激ホルモン(TSH)という、文字通り甲状腺ホルモンの分泌を促すホルモンによって、上位から甲状腺を制御します。同時に下垂体は甲状腺ホルモンの血中レベルをモニターしており、低下を感知すればTSH分泌を高め、上昇時にはTSH分泌を緩めることにより、ホルモンレベルが一定範囲から外れないように維持しています(ネガティブ・フィードバック)。

この仕組みは、甲状腺ホルモンに限らず、内分泌調節機構の典型的な形態です。一般に、上位のホルモンが下位のホルモンの分泌を促す作用を持っている場合、両者の上昇/低下が同じ方向であるなら、原因は上位のホルモンのほうにあるでしょう。これに対し、互いに食い違っている場合は、下位のホルモンの変化が先にあって、そのフィードバックによって上位のホルモンが変化している、と考えられます。

下垂体/甲状腺系でも同様に考えることが可能で、TSHと甲状腺ホルモンがともに上昇あるいは低下している場合には、二次性(続発性)の甲状腺機能異常を考慮する必要があります。例えばTSHを産生・分泌する腫瘍が存在すれば両者が上昇しますし、下垂体のTSH分泌能障害などがあれば両者が低下します。

これに対し、バセドウ病や橋本病に代表される、原発性の甲状腺機能異常がある場合には、TSHがネガティブ・フィードバックを受けて、甲状腺ホルモンとは反対方向に値が変化します。このことを踏まえて、次のような問題を考えてみてください。

甲状腺ホルモンの調節機構説明イラスト

甲状腺ホルモンの調節機構

甲状腺機能異常をスクリーニングしたい、つまり健康診断などで、できるだけ甲状腺疾患の患者さんを拾い上げたいとき、甲状腺ホルモンとTSHの一方だけを測ることができるならば、どちらを選ぶべきでしょうか?

単純に考えれば、甲状腺ホルモンそのものを測るほうが良いと思われるかもしれません。が、甲状腺ホルモンのレベルには個人差があるので、測定値がいわゆる正常範囲にあったとしても、個々人の患者さんにとっては高すぎる、あるいは低すぎる状態かもしれず、疾患を見落とすおそれがあります。

これに対しTSHは、甲状腺ホルモンが「その人にとっての」通常範囲を逸脱すると、下垂体が極めて鋭敏に反応して分泌量を調節します。従って、TSHのほうがスクリーニングに適していると言えます。

さらに、治療が開始されたのちの経過観察に際しても、TSHの動向を追うことで、やはり「その人にとって」最適な状態を追求することができます。

ただしTSHにも弱点があり、ちょうど感度のよいメーターの針がすぐに振り切れてしまうのと同様に、異常の有無には敏感でも、異常の程度を詳しく知るには不向きです。そこで、甲状腺ホルモンを同時に測定する意義が出てくるのです。

このように、甲状腺疾患のスクリーニングや経過観察には、TSHと甲状腺ホルモンを組み合わせて測定します。これには前述の二次性の異常を鑑別するという意義ももちろんありますが、臨床的に大多数を占めるのは原発性の甲状腺機能異常であり、その病態把握にこそ、両ホルモンの組み合わせが有用となるのです。

TSHと甲状腺ホルモンの測定見方

個人の甲状腺ホルモンのレベルは、検査上の「正常値」よりもさらに狭い範囲にコントロールされています

SHを測定すれば、(1)のような異常を拾い上げやすくなりますが、(1)と(2)の違いは捉えにくくなります。

バセドウ病と橋本病

甲状腺に原発の機能異常といえば、バセドウ病と橋本病が有名でしょう。バセドウ病の多くが甲状腺ホルモン分泌を亢進させるのに対し、橋本病の一部では分泌低下を呈します。ここだけを見ると正反対ですが、共通点もあります。両者はいずれも自己免疫の仕組みが関係していると考えられており、その際に起こる炎症によって、ともに(特徴はやや異なりますが)甲状腺の腫大を来します。

同じ炎症性変化によってホルモン分泌が増加したり減少したりするのは、疾患によって自己抗体の標的が異なるからです。

たとえ話として、「ボタンを押すと水を噴射する機械」を考えましょう。誰かがこの機械に危害を加えれば、何が起こるでしょうか? このとき、噴射ボタン以外の場所を殴れば、機械は不調を来して水は出にくくなってしまうでしょう。

これに対し、主に噴射ボタンを狙って殴った場合には、機械は「普段以上に多量の水を噴射してしまう」という形で不調を見せることになります。

「機械」を甲状腺、「水」を甲状腺ホルモン、「噴射ボタン」をTSH受容体と考えれば、前者を橋本病に、後者をバセドウ病になぞらえることができます。バセドウ病では、TSH受容体に結合する自己抗体が存在し、これがTSHになり替わって甲状腺ホルモンの分泌を亢進させるのです。もちろん、この変化を受けて下垂体は本来のTSH分泌を抑えますが、自己抗体の存在の前には無力です。

※次回は、甲状腺ホルモンの一種であるT3とT4について解説します。

(『ナース専科マガジン』2012年4月号より転載)

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