【連載】Newsのツボ

子どもの終末期医療 「同の倫理」「異の倫理」

解説 清水哲郎

東京大学大学院人文社会系研究科 次世代人文学開発センター 上廣死生学講座教授

ピックアップしたキーワードを詳しく、わかりやすく解説します。


「尊重」のとらえかた

尊重というと、医療者の方は「自律尊重」という言葉を思い出すことが多いと思います。

これは「相手が自分で自分の道を選択し、自分が決めた道を行くことを妨げない」ということです。

しかし臨床では、それだけでは十分ではないケースが多いのではないでしょうか。

人間は他者に依存せず独立して生きており、理性的に物事を判断して自分の道を決めるのがよいという面は確かにありますが、また、感情的に動いたり、互いに支え合って生きているという面もあるのです。

ですから、判断の結果としての意思だけでなく、その時の感情や気持ち、その人の存在までを含め、「人間として」尊重するという姿勢が求められます。

特に小児の場合、発達状況によって尊重の仕方は変わってきます。

理性的に判断し意思を示すことが難しいことも多いでしょう。

しかし、だからといって、両親や家族とだけ話し合えばよいということではありません。

そのような場合でも、子どもは感情=気持ちは表しているはずです。

必要な治療中に子どもが「やめて」と言ったとしたら、言葉どおりの形で尊重することはできなくても、その気持ちを大切にし、気持ちの裏側に何があるのかを探り、その時の最善の選択を考え、それを本人が理解できるように努めることが必要です。

尊重するときには、何を、どのように尊重するか、相手や状況によって違ってくることを認識しておくことが大切です。

子どものQOLと親のQOL

看護師の皆さんにとって、患者さんのQOLは日常的になじみ深い視点だと思います。

それでは、家族についてはどうでしょう。

終末期では、家族もまた当事者であり、意思や気持ちの尊重が求められる対象です。

家族は患者さんが病気になった影響によるさまざまな問題を抱える一方、療養生活を支えるケアの担い手となることも少なくありません。

さらに、患者さんの人生観や価値観をよく知っているという点も重要です。

残される家族にとって、悔いを持ち続けることはとてもつらいことです。

深刻な判断が迫られる場合、本人に加え、家族にとっても有益である(害が少ない)かどうかは、その後のQOLにも大きくかかわってくるのです。

ただし、家族の関係性は多様なので、その関係性を理解する必要があります。

小児と親の関係では、親は子どもと自分を同一としてとらえ、抱え込むケースが少なくありません。

これは「同の倫理」が大きく作用しているためです。

同の倫理

「同の倫理」とは、相手と自分は「同じだ」「一緒だ」という考えに基づき、互いに支え合う親密な間における倫理です。

ですから、相手に対し惜しみない援助の手を差しのべ、犠牲もいとわない半面、

  1. 相手の意思尊重を軽視する(よいと思ったことを勝手にやる)
  2. 本人の克服力を過小評価する(保護しようと抱え込む)
  3. 家族のために相手に犠牲を強いる

というようなマイナスの側面もみられます。

異の倫理

これと対照的なのが「異の倫理」です。これは、相手と自分は「異なる」「別々だ」という考えに基づき、互いに干渉しないで生きようとするもので、疎遠な間柄に特徴的です。

これによって異なった者が平和的に共存できるのですが、他人のことに無関心というマイナス面も伴います。

あらゆる人間関係には2つの倫理が両方とも存在し、関係の遠近に応じて、そのバランスが変わりますが、親子関係では同の倫理が非常に強いわけです。

このため、親に対するときは、やみくもに尊重するのではなく、子どもと両親の双方にとっての幸せを考え、この2つの倫理のバランスを意識することが大切です。

強く働いている同の倫理に、異の倫理を介入させることで、親が子どもへの過干渉・過保護に気づくこともあるのです。

このバランスをうまく取ることが、子どものQOLにも親のQOLにも大きく関係してくることになります。

看護師にできること

近年ではチーム医療が浸透してきていますが、終末期においては、その体制がより重要になります。

ただし、医師は患者さんや家族と長い時間を過ごすことは難しいのが現状です。

そうなると、両者の生活や思いを最も把握できるのは看護師であり、それをチームにフィードバックできるのも看護師です。

また、患者さんや家族を、親身になってフォローすることができるのも看護師です。

皆さんは「忙しくてなかなか時間が取れない」と言うかもしれませんが、患者さんや家族に対して、自分たちがいつでもそばにいること、そして「話したいことがあったら、いつでも話してください」という姿勢だけは示すようにしてほしいと思います。

それが、終末期にある患者さんと家族への何よりの支援になるはずです。

このテーマあなたはどう思う? Nurse’s Comments

●最近の小児は精神年齢が一昔前より発達していると思います。一番身近な存在である看護師が、その子と信頼関係を築き上げた後に、わかりやすくかみ砕いて教えてあげればよいと思います。間違っても、相手が子どもだからといって絶対に嘘をついてはいけないと思います。(杉田玄白 茨城県)

●大人、子どもに関係なく、一人の人間として個人の意見・考えを尊重することは大切だと思う。子どもは、親の意見・考えに左右されるのではなく、一緒に病気と向き合っていくことが必要だと思う。子どもの持つ自由な想像力・発想を生かし、大人は手助けをしてあげればよいと思う。(ゆあっち 北海道)

●子どもの人権を考えると良いことだと思います。ただ、子どもの年齢によって理解度も違うだろうし、また、理解できるであろう子どもの場合でも、最終的な決定まで任せてしまうというのは、子どもにとっては酷かな、という気はします。(なぁ 大阪府)

●患者さんの希望に沿った看護は大事だと思います。話し合い、必要な情報を提供した上で実践することは、看護従事者としてやりがいを感じます。ただ、そういった時間を確保することは大変難しいこともあるので、二の足を踏んでしまうこともまた事実だと思います。病院側がそういったことを実践できる環境を整備してくれることを希望します。(かりーむ 愛知県)

●本人の意志を尊重すると同時に、親の意志も最大限に尊重することが重要であり、看護師として慎重かつ冷静な対応が必要と感じる。(きっぴい 岡山県)

●子どもの年齢や性格などにより、非常にかかわりが難しく、話し合うにしても、看護師側の考え方による医療者誘導にならないか、配慮が必要だと思います。(あやたす 兵庫県)

●子どもが最期に何をしたいか、誰に会いたいかなどを聞いてかなえたい。親にとっても悔いを残さない別れの時を持たせたい。つらい作業だが大切な事だと思う。(ZR400 愛知県)

●看護する立場としては、患者さんとご家族にとって、どう援助することが良いことなのかを考え悩みます。また我が子を亡くした経験のある母親の気持ちとしては、どう子どもとかかわっても、後悔は残るものではないかと思うのです。
看護する者として、少しでもその後悔が減らせることができるようにしていきたいです。そのためにも、患者さんとご家族の気持ちを表出できる機会が必要だし、大切だと思います。この記事は、患者さんとご家族がどんな選択をされても、医療者側がサポートしていこうという意志の表れであると感じました。(かよっち 広島県)

●自分の子どもなら親の判断で子どもに必要な事を伝えるようにして、子どもの精神の安定を最大限に考えたい。一律にこのような取り決めをされたくない。(りっぺ 和歌山県)

●結局、いくら子どもが自分の意思表示を示しても親の意見を尊重することになる。納得するまで話し合いをするというがそんな時間が取れるのか? 疑問。またその時間に対する報酬があるのか? 医師はあると思うが看護師はないと思う。相談できる環境を整え、相談を受けられるだけの専門的な教育を先にするべきだと思います。(ゆんたく 沖縄県)

●どんなに小さな子どもでも自分の意志は持っているので、尊重するのは当たり前だと思います。子どもの意志を代弁する両親と医療者との話し合いは、時間をかける必要はあると思います。わかりやすい言葉で伝え、確認するのも必要です。しかし、限られた時間の中で話し合いをするのは大変ですよね。両親の心のケアをしつつ、良好な関係性を作り上げるためには、看護師のスキルアップは必要だと感じました。(こねこ 静岡県)

●以前、小児科に勤めていました。子どもにわかりやすく説明し、子どもが自由に意見を言える環境は大切だと思います。それは終末期医療に限らず、慢性疾患や難病を抱える子どもにも必要だと思います。ですが、子ども一人ひとりの理解度や発育状況に合わせた説明の難しさも、同時に痛感します。(ドアラ 北海道)

(『ナース専科マガジン2011年4月号』より転載)

次回は「災害支援ナース」について解説します。

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