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【連載】ケースで考えよう!看護倫理レッスン

【看護倫理・事例】第3回 医師にひどい言葉をぶつけられたケース

解説 高野春美

北里大学病院 8B病棟 係長

解説 青柳明子

北里大学病院 科長

解説 児玉美由紀

北里大学病院 がん看護専門看護師

Doctorw think111

日々の看護のなかに意外に多く潜んでいる倫理的問題。それらの解決のためには、まず、倫理的な違和感に気づくセンスが必要です。今回は、医療者間に潜んでいる力関係に関するケースをもとに、センスを磨く練習をしていきましょう。


今回のケース

医師からひどい言葉をぶつけられた

【登場人物】

  1. 助産師 森田さん(仮名)24歳 臨床経験2年目
  2. 医師 鈴木さん(仮名)28歳 臨床経験3年目
  3. 産婦 山本洋子さん(仮名)24歳 初産婦

【事例紹介】

山本洋子さんは初産婦です。自然分娩を希望し、妊娠初期から助産外来に通い、指導を受けてきました。分娩時には会陰切開を希望しています。出産が近づいたため、本日、分娩入院となりました。

夜になり、山本さんの陣痛の間隔が狭くなったため、担当の森田助産師が内診を行い、お産の進行を確認して分娩室へ移動になりました。

森田助産師は、分娩室でヒーリング音楽を流したり、リラックスしてもらうための安楽な体位を提案したり、間接照明に切り替えるなど、お産の環境を整えていきました。

そんななか、当直医の鈴木医師が分娩室に入ってきました。鈴木医師は、山本さんへの挨拶や声かけもなく、黙ってカルテをめくっています。

そこで森田助産師は、山本さんが会陰切開を希望していることを伝えましたが、鈴木医師からの返事はありません。

カルテをめくる音などから、鈴木医師がピリピリ、イライラしていることを森田助産師は感じました。鈴木医師はまだ若く、臨床経験が浅いため、緊張しているのかもしれないと思いました。

しばらくすると山本さんは、努責感とともに、一気に排臨状態となりました。

森田助産師は、会陰切開の麻酔を待ちましたが、急な展開に焦っているのか、鈴木医師の麻酔の準備がなかなか整いません。森田助産師は、山本さんにいきみを逃すようにリードしていましたが、とうとう児頭が発露してしまいました。

そこで森田助産師が反射的に手を伸ばして会陰を保護したところ、突然、鈴木医師に足を蹴られ、「そこじゃねーだろ」と怒鳴られたのでした。

鈴木医師は、焦りながら会陰部に麻酔をかけて、改めて切開を行いました。

その後、児は無事に娩出しましたが、胎盤の娩出後も処置をしながら鈴木医師は、「あんなところに手があったら麻酔ができないだろう!」と怒りました。森田助産師は、その場では「はい」と返事をしたものの、気持ちは不安定なまま産後のケアを終えました。

どんなジレンマが起きているのだろう

鈴木医師の場合

まず、鈴木医師ですが、まだ若く、慣れない出産場面に立たされ、最初から緊張していたことがうかがえます。それなのに想像以上にお産が早く進んでしまい、慌てて麻酔の準備をしたものの、もたついています。

続いて発露があり、早く麻酔をして会陰切開しなければという気持ちから、パニックになっていたのかもしれません。そんなとき、麻酔をしようとした場所に助産師の手があったため、思わず邪魔されたという気持ちになり、怒鳴ったり蹴ったりしてしまったのかもしれません。

森田助産師の場合

一方、森田助産師も自分に落ち度があったわけではなく、助産師として当然のケアを行ったはずなのに、なぜ怒鳴られたり足を蹴られたりしなければならなかったのかと、納得いかない気持ちを抱いたことでしょう。

彼女は、山本さんのお産が始まる前から安楽を図り、照明に気を遣い、ヒーリング音楽を流すなど、産婦さんの気持ちやお産という時間を大切にしてきました。それだけに、突然、怒鳴り声などで場面を壊されてしまったことに対し、やりきれない気持ちになったはずです。

また、入室した時点で鈴木医師から、産婦さんに声かけや挨拶がなかったことに対し、産婦さんの希望を伝えるなどして働きかけをしています。そこには、「産婦さんに声をかけてほしい」という思いや、「産婦さんに対して失礼ではないか」という疑問があったことが伝わります。

森田助産師の心のなかには、このように鈴木医師の態度に納得ができず反論したい気持ちと、助産師と医師が分娩室で大声を出すという異常な事態を産婦さんに見せたくない、無事に分娩を終わらせることを優先させたいという気持ちがせめぎ合っていたようです。そこで、「はい」と答えて医師に従順に従っていますが、同時にジレンマにもなっていました。

5つのポイントでチェック

医療者間に潜んでいる力関係の原因がどこにあるのか、それらが倫理的にどのような問題を含んでいるかを見極めるためには、それぞれの行為が倫理的に正しいかどうかを点検してみる必要があります。

その方法にはいろいろありますが、このコーナーでは、フライの倫理原則に基づき、5つのポイントでチェックする方法を紹介します。

>>フライの倫理原則についてはこちら


Point1 あなたの看護行為は、患者さんの害になっていませんか?

森田助産師は、分娩室で間接照明を使ったりヒーリング音楽を流すなど、「よりよいお産の場」を作ろうと努力しています。
また、医師の暴言や足を蹴るという行為に対しても、怒りや反発を抑え、まずは無事に分娩を終えることを優先させようとしています。

これらの様子から、森田助産師は十分に患者さんへの害を避けるための行動をとっていたといえるでしょう。

一方、同じ医療者でありながら、鈴木医師の行為は、怒鳴ることで患者さんに不安を抱かせたり、助産師に緊張やストレスを与えたりしています。
分娩前後というリスクの高い時期に、助産師の集中力を途切れさせるような要因をつくっているという点でも、鈴木医師の行為は患者さんに害を及ぼすものでした。

point2 あなたは看護師としてきちんと役割を果たしていますか?

医師が麻酔の準備に戸惑っている間に児頭が発露したため、森田助産師は、反射的に会陰を保護しています。
この行為は、会陰裂傷を予防し、児の飛び出しを防ぐためにも必要なものであるといえます。
つまり森田助産師は、自分の役割や責任をしっかり果たしていたといえるでしょう。

また、産婦さんと一緒につくり上げてきたお産の環境を、医師の暴言により壊されてしまっても、その場での感情的な反論を避けたことや、分娩介助を優先して行動していったことなどは、助産師としての役割をきちんと果たそうとする行為であったと思われます。

一方、鈴木医師は、慌てながらもなんとか麻酔を実施し、会陰切開を行っています。
これは結果的に産婦さんの希望に沿った処置であり、会陰裂傷を防ぐことができました。

しかし、分娩室で暴言を口にしたり助産師を足で蹴るなどの行動は、あまりにも横暴であり、医療者としての自分の立場や役割を認識しているとはいえません。

point3 患者さんに情報を正しく伝えていますか?

ポイントの3つめは、治療やケアに関する情報が患者さんに十分伝わっていたかどうかです。

今回のケースの山本さんは、事前に助産外来で学習や指導を受けており、その結果として、自然分娩と会陰切開を選択しています。
このことから、産婦さんに必要な情報は正しく伝わっていることが想像できます。

また、当日の分娩については、医師と助産師に委ねられているようであり、2人のトラブルの内容が山本さんに対する情報提供に影響を及ぼした様子もみられません。
これらのことから、産婦さんへの情報提供に関して、倫理的な問題はなかったと判断してよいでしょう。

point4 患者さんは自分のことを自分で決められますか?

この項目のポイントは、患者さんが自分で受ける治療やケアについて自分で選択し、決定する権利を与えられ、また守られていたかどうかです。

今回のケースでは、point3で述べたように、山本さんは自然分娩と会陰切開を希望し、その選択は実行されています。そこで、産婦さんの自己決定権はきちんと尊重されていたと判断してよいでしょう。

point5 あなたはどの患者さんに対しても、公平で平等でいますか?

看護師として一人の患者さんだけにケアや意識が集中してしまっていないか、他の患者さんに対しても公平で平等にケアを提供できていたかを確認するのがこの項目です。

今回のケースの場合、医師の暴言や麻酔時に多少のまごつきはありましたが、山本さんは正常分娩の経過をたどっており、希望したとおりの自然分娩と会陰切開も実施され、無事に出産を終了しています。

また、他の産婦さんの出産を妨げたようなエピソードもありませんでした。そこで、公平・平等さという点で倫理に抵触するような問題はなかったと考えられます。

>>次ページは、「どうすればよかったのか」について解説します。