【連載】ケースで考えよう!看護倫理レッスン

【看護倫理・事例】第18回<解決編>妊婦の不安から逃げてしまったケース

解説 青柳明子

北里大学病院 科長

解説 高野春美

北里大学病院 8B病棟 係長

解説 児玉美由紀

北里大学病院 がん看護専門看護師

日々の看護のなかに意外に多く潜んでいる倫理的問題。それらの解決のためには、倫理的問題に気づくセンスが欠かせません。
前回紹介した【妊婦の不安から逃げてしまったケース】について、5つのポイントを確認しながら、解決策を考えてみましょう。

5つのポイント「フライの倫理原則」とは


5つのポイントでチェック

ポイント1 あなたの看護行為は、患者さんの害になっていませんか?

助産師は、意識的にはっきりした返事を避け、なるべく中山さんの意思決定に影響を与えないような発言を心がけました。
従って助産師の発言は、中山さんの害にはならなかったといえるでしょう。
むしろ助産師は、中山さんの害にならないように注意して発言したために、いっそうのジレンマを抱えることになってしまったといえます。

その一方で、妊娠の継続か中絶かを決めかねている中山さんにとっては、どちらかをはっきり決定できるような意見を求めているときに、助産師からあいまいな言葉を返されたことで、助産師から参考の意見を聞くことができなかった、というような気持ちになったかもしれません。

しかし、助産師が個人的な意見を述べることが、中山さんの意思決定に与える影響を考えると、医療者は注意深くなる必要があります。
この点において、やはり助産師の発言は適切であったといえるでしょう。

ポイント2 あなたは看護師としてきちんと役割を果たしていますか?

助産師は自分の発言の影響まで考え、その内容に気をつけて言葉をかわしています。
しかしながらも、患者さんにとってこの内容でよかったのか反芻し、悩んでいます。
これは看護師や助産師としての役割に忠実であるがゆえのジレンマといえるでしょう。

また助産師は、“今は胎児に奇形の徴候もなく成長もしているため、生命力を信じて自然に任せればいいのではないか” と内心は考えていたものの、その考えを口にすることはありませんでした。
それはたとえ、「母として」という一個人としての意見を求められても同様でした。

なぜなら、一つには、助産師として、妊婦さんに関する完全な情報がそろっていなかった可能性があります。
また、不完全な情報のまま意見を伝えることは、無意識のうちに個人の価値観や道徳的姿勢を妊婦さんに押しつけることにもなります。
従ってこの助産師の行動は、助産師としての自分の役割を忠実に果たしていたといえるでしょう。

さらに、看護師や助産師として大切なことは、患者さんが行った意思決定をいかにサポートしていくかです。
この助産師も、患者さんがどのような選択をしようとも、意思決定を支援し、それに向かって進めるように援助する必要があると考えたと想像できます。
そこで、個人の意見は胸にしまい、医療者として対応していた点で、自分の役割をしっかり果たしていたといえるでしょう。

ポイント3 患者さんに情報は正しく伝わっていますか?

中山さんには、胎児の状態や妊娠継続の可能性について、医師から説明されていました。
また中山さん自身も以前に同じ経験をしたことから、医師の説明を理解できていたようです。
むしろしっかり理解できていたからこそ、胎児の障害に対する不安が強くなり、妊娠の継続についての悩みやジレンマが生じていたといえます。
従って、患者さんに必要な情報は正しく伝わっていました。

しかし、もし「情報」という視点でもう一歩踏み込んで考えるなら、中山さんが把握していた情報は、胎児に障害が残るかもしれないことや、破水後の流産の可能性など、妊娠継続の難しさに関してマイナスに偏っていたかもしれません。

例えば、胎児に奇形が見つかっても、出産を前向きに考え頑張っている人や、障害がある子どもをNICUで育児している母親の例などはたくさんあります。
おそらく、このようなケースをたくさん見てきているはずの助産師から、そういったプラスの情報をもう少し早い時期に提供していくことはできたかもしれません。

ポイント4 患者さんは自分のことを自分で決められますか?

助産師の発言によって、患者さんの意思決定が左右されることはなく、必要な情報も必要な時期にきちんと患者さんに伝えられていました。
従って、中山さんは自分のことを自分で決めることができたといえます。

ただし、このケースの場合は、キーパーソンが母親であるようにも見えます。
もし、同居している母親の発言力が強いものであるなら、中山さんが自分の気持ちや意思を十分に表出した上で意思決定できていたかについては、少々疑問が残ります。

そこで、例えば母親に「医療者としてではなく、母として、どう思う?」と問われたときに、『なぜそのようなことを聞きたくなりましたか?』などと、母親や妊婦さんの思いを確認しながら、意思決定を支えるケアのアプローチができたかもしれません。

ポイント5 あなたはどの患者さんに対しても、公平で平等でいますか?

この項目は、ほかの患者さんと比較して、ケアが一人の患者さんに集中したり、不足してしまっていないかをチェックするための項目です。
しかし、今回のケースでは、ほかの患者さんとのかかわりはほとんどありませんでした。そこで、今回はこの項目を省略します。

どのように対応をすればよかったのか

患者さん本人が考えを整理できるように導く

ポイント2でも述べたように、看護師の役割とは、患者さんが意思決定できるように援助し、さらに決定した内容を支援していくことです。
このケースの場合は、妊娠継続か中絶かを決断するのは中山さん(とその夫)であるはずです。
従って、たとえあいまいな表現であっても、助産師が患者さんの意思決定を左右するような発言をしてはいけません。

また、この助産師は同時に、「どうしたらいいのか正直なところわからない」 という気持ちも抱いています。
もちろん医療者だからといって、すべてがわかるわけはなく、そんなときには、「わからない」という気持ちのまま患者さんに伝えていく方法もあります。

ただし「わからない」と、相手を突き放すのではなく、「私にもわからないので、一緒に考えていきましょう」という姿勢で、患者さんをサポートしていくことが大切です。

看護師は、患者さんのためになりたいと考えるあまり、患者さんからの質問にも、なんとか答えようとしがちです。
しかし「あなたはどう考えていますか?」などの質問を投げ返し、患者さん自身の気持ちを表出させてあげることも大切です。

人は迷いがあるとき、相談するという過程で自分の考えを整理しています。
中山さんもこうしたプロセスを踏むことで、考えを整理できたかもしれません。

重大な局面で意思決定をする人や周囲の家族、医療者などは、その意思決定のプロセスに参加することになります。
患者さんの置かれた状況や背景などについて深く情報を共有し、その状況下で何が患者さんにとって最善かを検討し続けることが大切です。

今回のケースの結果

助産師は、自分の迷いについて後日、先輩の看護師に相談してみました。
すると、「あなたの答え方は正しかった」「私もきっとそうしたと思う」などの肯定的な意見をもらいました。
そして「時間をかけて妊婦さんの意思決定を支えていくように」とアドバイスを受け、「これでよかったのだ」という自信も出てきました。

一方、中山さんは、一時帰宅した際に夫と将来設計について、金銭的な問題も含めてじっくり話し合い、最終的に中絶を選択しました。
また、手術後には胎児との面会を希望し、病室で、流産した子どもとともに過ごし、わが子として受け止めている姿を見ることができました。
その様子から助産師は、中山さんが自分の決定に後悔していないことを感じました。
退院時には、中山さんから「また次の子にチャレンジしたい」という前向きの発言も聞かれたといいます。

【番外編】選びたくないことを選ばなければならないケース

人は良いことを選ぶときには、簡単に意思決定ができますが、選びたくないことを選ばなければならないとき、なかなか自分では選択や決断ができず、誰かに背中を押してもらいたくなりがちです。

そんなとき、入院中の患者さんであれば、看護師に「あなたならどう思う?」と質問をしてくることがあります。

例えば、乳がんで乳房を温存するか、切除するかの選択などです。
温存すれば再発のリスクが高まり、切除すればボディイメージが崩れ、どちらも選択しづらいものです。
また、妊娠中絶をして自分の治療をしなければならないときなど、意思決定には非常に悩むでしょう。

このようにほかのケースについても考えてみてください。

(『ナース専科マガジン』2009年7月号から改変利用)

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