• 公開日: 2014/1/6
  • 更新日: 2020/3/26

【連載】泣いて笑って訪問看護

第1回 『私、看護師やってていいですか』―看護師を辞めたい思いを留まらせた利用者様からの声

医療の場が在宅へと比重が高まるものの、まだまだ知られていない訪問看護。ここでは訪問看護の実際について、エピソードを通じてご紹介します。


訪問看護、飛び込んではみたけれど・・・

Tさんは看護師になってからずっと一つの病院で働いてきた。

長い間勤めてきた職場は居心地もよく、周りは先生もスタッフも全て顔見知り。彼女はずっとこのままこの病院にいるんだろうなと誰もが思っていたという。

しかし、彼女は密かに悩んでいたそうだ。

“ 慣れた環境の楽な中でこのまま何となく看護師を続けていていいのだろうか―”と。

そんな時、同僚が訪問看護師に転職したのを知り、心が動いたらしい。

転職した同僚がとてもイキイキしているように見え、“自分ももしかしたら、もっと違う分野で頑張れるんじゃないか?”“試してみたい、もっと成長したい…”。

そんな思いでTさんは病院を辞めて、うちの訪問看護 ステーションへやってきたそうである。

しかし、実際に長年勤めてきた病院を離れ、訪問看護師になってみると、不安なことだらけで愕然としたらしい。

訪問は一人で行くため、医師はいない、同僚もいない、自分一人での対応。利用者様に質問されても知識がないとすぐには応えられない。訪問看護ではケア内容にマッサージやリハビリがついてまわるが、そんな技術は今までの病院ではやってこなかったため自信もない。

“こんな、ないないだらけの自分が訪問看護師として仕事をしていていいのだろうか?”

“やっぱり自分には向いてなかったんじゃないか…?”

“辞めたい…元の職場に戻りたい…”

何度も何度もそんな想いがあたまを巡ったという。

そんな風に悩みながらも、必死に勉強と経験を重ね、少しは自分が訪問看護師でもいいのかなと思えるようになってきた矢先、担当の利用者様が末期がんで亡くなられた。

訪問看護師になって初めてまともに向かい合った死に 、彼女は喪失感から抜け出せず、やはり自分は向いてないから辞めようと心の中で思っていたそうだ。

そんな時、彼女に訪問に来てほしいと利用者様からの依頼があったのである。それも彼女の自信がなかったマッサージで。

彼女は正直、“何故私が…?”と、とまどったそうだ。そこで私もどんなマッサージをしたのか気になり、彼女に聞いてみた。

すると、「そんな大したマッサージなんてしてないよ。ただ、あの利用者様と話をしていたら、自分の気持ちまでもがすごくゆったりした感じになってきて、マッサージをするっていう意識よりも、自然に手が優しく撫でるように動いてただけなんだよね」という返事が返ってきたのである。

マッサージでケアされたのは

マッサージと一言で言ってもいろいろある。指圧、整体、リンパマッサージ、手当てなど…。

今回の彼女のマッサージはその中のどれでもなく、『触れる』ということに近かったのかもしれない。

肌と肌が触れることにより発せられる熱は、その場所の循環を良くする作用があり、実際、相互作用で驚くほどこちら側の手も熱くなってくる。 温かい手から伝わる温もりは安心感を与え、精神面にも身体面にも作用する。 だからこそ、利用者様からこんな言葉をいただけたのかもしれない。

「T看護師さんはね、すごくゆっくりしてるの。正直、彼女より、仕事が早くてマッサージも上手い看護師さんは他にも沢山いる。でもね、何故か彼女に触られていると、心がすごく落ち着くから来て欲しいんだよね」と。

この利用者様との体験を通して、T看護師は自分なりの看護への自信を、少し取り戻すことができたようだ。

もちろん、熟練した技術を持ち合わせていればなお良いに越したことはないが、マッサージという概念にとらわれず、『触れるということの大切さとは何か』ということを、彼女から教えられたような気がした。

「私看護師やってていいのかな―」

この台詞は彼女に限らず、看護師をやっていれば誰もが場面場面で感じることではないだろうか。 しかし、現状に満足せず、不安があるからこそ成長に繋がるのではないかとも思っている。

だから、これからも大変かもしれないが、多いに悩みながら、T看護師共々、私も この仕事を続けていけたらと願っている。

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