【連載】看護学原論に立ち戻って考える!KOMIケアで学ぶ看護の観察と看護記録

第1回 そもそも看護ってなんですか?ナイチンゲールから「看護」の原点を考える

執筆 金井 一薫(かない ひとえ)

NPO法人ナイチンゲールKOMIケア学会 理事長/東京有明医療大学 名誉教授

そもそも「看護」って何だろう?何をすれば看護といえるのだろう?本連載では、看護とはどのようなことであり、どのような視点で患者を観察し、また記録するのかについて、ナイチンゲールに学びながら解説します。


「看護」って何か答えられますか?

これを読まれている看護師のみなさんの中には、例えば家族を病で亡くした経験や、誰かの役に立ちたいなどの理由から“看護師になりたい”と思って看護師になった方も多いと思います。

または、これから看護師になろうと思われている方もいらっしゃるでしょう。

そして今、看護師として看護を行なう中で、または看護師を目指す中で、“自分はきちんと看護を行なえているのかな?”、“看護とはいったい何をすることなのかな?”などの問いかけを自らに向けてすることもあるでしょう。

これは、看護実践の根っこを問うことにもつながり、なかなか難しい問いです。

その問いに対して、一般的には「医師の指示に従って病人の治療や世話にあたることが看護である」といった答えが返ってきます。

しかし、そう考えるならば、看護師とはすなわち“医師の助手”という立場になりますが、ではなぜ、看護師を「助医師」や「アシスタント医師」などと呼ばずに、『看護師』と呼ぶのでしょうか。

それは、看護師には、『看護師』独自の役割と機能があり、また期待もされているからなのです。

では、医師とは異なる、看護師としての独自性とは何でしょうか。その問いに答えるためには“看護とは何であるのか”を説明していく必要があります。

そこでまず、看護という概念がどのように現れたかについて、歴史を紐解いてみたいと思います。

看護が専門職となった流れ

病院に入院した患者に対して施される医学的治療だけでは、どうしても回復が思わしく進まない、それどころかむしろ病状が悪化するという面に気づいた人がいました。それが19世紀のイギリスに生まれたフローレンス・ナイチンゲール(1820~1910年)です。

ナイチンゲールは、看護師になりたいと考えていた若い頃から、当時の英国内やヨーロッパの病院を訪ねて実態調査を行なっていました。

その結果、どんなに良い治療を受けても、不潔で汚れた病院の環境や、身体の清潔が疎かにされていたり、食べ物が不適切だったりする状況では、決して望ましい回復は得られないと知ったのです。このテーマは、クリミア戦争に従軍した折の体験を通して、さらに彼女の内で確信的となったのでした。

クリミアから帰還後のナイチンゲールは、生涯をかけて病院を改革し病院看護を改善していくことに力を注ぎました。

ナイチンゲールによる病院看護の改革によって、看護には従来の誰にでもできる掃除婦まがいのレベルから、一定の教育訓練を受け、専門的な知識と技術を習得した人によって行なわれる、より高度で質の高い看護行為が求められるようになりました。

1860年、ナイチンゲールは「ナイチンゲール看護師訓練学校」を創設し、それまでの看護のイメージを覆す内容を盛り込んだ『看護覚え書』を出版しました。これは、国民の看護に対する意識と、健康意識を変革することに大きく寄与したのです。

医学と看護学はどう違うの?

看護師は日常的に病気と接していますが、では、病気とはいったい何でしょうか。

普通に考えれば「病気とは何か?」という問いに対しては、「健康でない状態」「何らかの異変を体内に抱えた状態」などという答えが返ってくるでしょう。

ところで、病気に関する見方は、看護師と医師とで違いがあるのでしょうか?

そう、概して相違はないですね。現在は同じ視点で学んでいますから・・・。

しかし、看護師が医師のアプローチと同じアプローチで病気を診ていては、看護の専門性や独自性を発揮することはできません。実はこの問題に対してもナイチンゲールは『看護覚え書』で次のように明確に述べています。

日々の健康上の知識や看護の知識は、つまり病気にかからないような、あるいは病気から回復できるような状態にからだを整えるための知識は、もっと重視されてよい。こうした知識は誰もが身につけておくべきものであって、それは専門家のみが身につけうる医学知識とははっきり区別されるものである

F.ナイチンゲール著(湯槇ます、薄井坦子ほか訳)『看護覚え書』

ここで、ナイチンゲールは、看護の視点と医学の視点とははっきり区別されるものであり、そこに看護の独自性が存在すると説いているのです。そして、看護とは何かという答えは、病気を見つめるその延長線上にあると教えたかったのです。

『看護覚え書』を通してナイチンゲールが解いた看護とは、体内で自然治癒力が発動しやすいように、あるいは生態バランスが本来あるべき姿に戻るように、患者自身と患者を取り巻く暮らしの条件・状況を、最良の状態に整えることである、というものです。

さらに、その最良の条件作りを行なうときには、患者の生命力の消耗を最小限にするように配慮すること、またそのときどきの持てる力を最大限に引き出すように工夫することが大切なのだと教えています。

このナイチンゲールの思想を踏まえて、私は看護の方向性を導くための“看護のものさし”を下記のように設定し、それを看護であるかないかをはかる指標にしようと提案しています。

  1. 生命の維持過程(回復過程)を促進する援助
  2. 生命体に害となる条件・状況を作らない援助
  3. 生命力の消耗を最小にする援助
  4. 生命力の幅を広げる援助
  5. 持てる力・健康な力を活用し、高める援助

いかがでしょうか。次回から“ものさし”について具体的に解説したいと思います。

ナイチンゲールKOMIケア学会
同学会は、理事長である金井一薫がナイチンゲール思想を土台にして構築した「KOMIケア理論」により、現代の保健医療福祉の領域において21世紀型の実践を形作り、少子高齢社会を支える人材の育成に寄与することを目指します。

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