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【連載】Dr.パクのドタバタ離島医療奮闘記

第3回  初めてのドクターヘリ

執筆 朴 大昊(ぱく てほ)

鳥取大学医学部地域医療学講座 助教

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看護師は夜勤のラウンドや訪問看護など、患者さんの健康状態を確認する機会が多くありますが、患者状態を適切に判断するためには、プライマリ・ケアの技術が大いに役立ちます。

本連載では、拠点病院などによる後方支援を期待できない土地で、医療・検査機器などもない患者宅で医療を提供する「へき地医療」を通じ、“究極のプライマリ・ケア”と地域医療の実際を解説します。


離島医療といえばヘリ搬送

波照間島も例に漏れず、島で手に負えない急患が発生したらドクターヘリ=ヘリ搬送を行っていました。

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ではいったい、どういった患者さんがヘリ搬送されていたのでしょう?

中年男性の心筋梗塞や大動脈解離なら…通常はヘリ搬送でしょう。

脊髄損傷や四肢切断などは…ヘリ搬送でしょう。

では、敗血症では?心不全では?虫垂炎では?

華々しいイメージのヘリ搬送ですが、実はここには様々な要素が絡んでおり、離島医療の複雑さを端的に示しているともいえるのです。

あなたならこの患者さん、ヘリ搬送しますか?

先ほど心筋梗塞ならヘリ搬送と書きました。 40歳男性で、幼い子供がいて、これから家族を養っていく、親の介護もしている、まだまだ人生これからだ!という人なら間違いなくヘリ搬送でしょう。

では波照間島で生まれ育ち、若い頃から島の発展のために尽力し、「死んでも島を離れない」と言っていた100歳のおばぁが最近だんだん弱ってきて、食事の経口摂取量も減ってきて、当時のような強い意見は言わなくなったなぁと思っていたところ、嘔吐して診療所に運ばれて、心筋梗塞が強く疑われた場合はどうしますか?

命をこんな簡単な例えで表現することも申し訳ないぐらい、実際のそれぞれの人生は複雑で、どんな小説よりも悲劇や喜劇に満ち溢れています。彼らの人生におけるヘリ搬送の持つ意味は人それぞれです。

したがってヘリ搬送は疾患の要素だけでは決められなくて、社会的要素、心理的要素、文化的要素が複雑に絡み合っているのです。

それらを踏まえて私は「今すぐヘリ」「朝(や台風すぎるのなど)を待ってヘリ」「次の船で診る」「島で診る」など決めていました。

波照間島でヘリ搬送する際に筆者が考えていた要素をまとめてみました(表1)。

表1 ヘリ搬送を行うにあたっての判断材料

1)疾患の要素

病気自体の重症度、緊急度

2)通常航路の要素

船が出るのか、出たらどれぐらい揺れるのか(患者が耐えられるか)、次の船まで何時間あるか、病院到着は何時になるか

3)患者側の要素

患者や家族が搬送を希望しているか、家族や介護関係者が島で患者をみる力や覚悟はあるか、石垣島に親族や付き添える人はいるか、入院して帰ってこれるか、入院したらADLはどの程度落ちるか

4)島の医療資源

医師や看護師などは限界じゃないか、酸素足りるか、その他の薬剤や検査器具はたりるか、医師が診る力があるか

5)ヘリ側の要素

マンパワー、経費、安全性

疾患・通常航路・患者側の要素からヘリ搬送を考える

当然疾患の緊急度は重要です。 しかし、シンプルな肺炎の患者さんであっても、徐々に台風が近づいていて、今日から船は欠航。次に船が出るのは多分1週間後ぐらいでしょうか。

そういえばこの人はCOPDっぽいところもあって、少し息苦しいと言っている。1週間以上島で粘って治療すべきでしょうか?それとも、ヘリ搬送すべきでしょうか?

もしくは腰椎圧迫骨折をしてしばらく入院が必要な患者さんの場合。

ヘリ搬送の判断は海路の状況にも強く影響を受けますが、 わずかな体動でも泣き叫んで痛がる患者さんを、高波の船に乗せて搬送することは倫理的に許されるのでしょうか?

島民も人それぞれです。

「入院してもいいから早くしてくれ」と思う人もいれば、「死んでも島を離れない」と思う人もいるでしょう。また本人がいくら島で生活したいと思っても、家族はいない、介護力も全くないのではどうしようもありません。

家族はケアをする能力はあるか、覚悟はあるか、家族がいないなら介護保険サービスは使えるのか?近所の人たちがどこまでケアしてくれるか?家族のケアや島の総合力も問われているのです。

ヘリ側の要素からヘリ搬送を考える

また、ヘリ搬送では多大な資源を投資することになります。

波照間島は海上保安庁のヘリコプターが来てくれるのですが、夜中でも6〜7名程度の医師を含めたメンバーを呼び出して来てもらうことになります。搬送依頼をかけて、ヘリコプターを起動しメンバーが集合して波照間島に到着するのにはどれだけ早くても1時間程度かかります。

ヘリ搬送にかかるコストの計算は難しいのですが、ヘリコプターの維持費用を搬送件数で割ると、ヘリ搬送1件あたり数十万円〜100万円と言われています。

それだけではありません。

霧でも強風でも有視界飛行のヘリコプターには墜落の危険もあります。 1990年には沖縄で、2007年には鹿児島で、2010年には埼玉で、今年の3月には韓国で急患搬送のヘリコプターが墜落しています。

そのリスクを負っても、助けるべき命のためにヘリコプターを呼ぶのです。

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海上保安庁の担当の方々は人命救助への真摯な気持ちから、かなりの荒天でも無理して飛んできてくれます。“離島医師の要請が断られる”というのは聞いたことがありません。ヘリ搬送すべきかどうか考える際に、離島医師の頭には常にこの問題もよぎるのです。

島の医療資源からヘリ搬送を考える

また家族や介護だけでなく、医療も限りある資源です。

酸素は足りるか?抗生剤やステロイドは足りるか?診療所のエコーやレントゲンで十分か? そして最も重要な医療資源は私を含めた医療者自身なのです。

夜通し点滴したり、夜間に何回も訪問して重症患者の治療を度々行う機会がありました。 辛いけれど、“これこそが島のお医者さんだ!”というイメージかもしれません。

喘息の重症患者に4〜6時間おきにステロイドの点滴をしたり、夜通し診療所に泊まり込んで煌々と明かりを照らしながら、急性増悪した心不全患者や経過観察が必要な患者に付き添うことは美談にはなりますが、翌日にはまた通常の外来があり、その日も同様の急患が発生する可能性も十分にあります。

翌日は20%の力しか発揮できなければ、それは美談にはならず、むしろより悲劇的な結果で目の前に現れてくるかもしれないのです。

それゆえ、常に自分の体力、精神力を分散して最大多数に最大の利益をもたらす様に考える必要があります。医療資源としての自分、インフラストラクチャーとしての医療を強く意識して診療していました。

ヘリ搬送はへき地医療には欠かせない部分であることは否定しません。 しかし、“重症患者だから搬送する”といったマシーンのように単純なものではないのです。

そこには患者の性格や思想、感情、その患者を含めた地域の歴史、文化まで考慮に入れた地域医療の存在があって成り立つのです。