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【連載】Dr.パクのドタバタ離島医療奮闘記

第5回  へき地における多職種連携―思いがけない医療リソース

執筆 朴 大昊(ぱく てほ)

鳥取大学医学部地域医療学講座 助教

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看護師は夜勤のラウンドや訪問看護など、患者さんの健康状態を確認する機会が多くありますが、患者状態を適切に判断するためには、プライマリ・ケアの技術が大いに役立ちます。

本連載では、拠点病院などによる後方支援を期待できない土地で、医療・検査機器などもない患者宅で医療を提供する「へき地医療」を通じ、“究極のプライマリ・ケア”と地域医療の実際を解説します。


映画も無ェ、信号無ェ

波照間島に映画館はないんですか?と聞かれることがありますが、映画館どころかコンビニもスーパーもありません。いや、むしろ信号機もありません。

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波照間島にないものはたくさんあります。

みなさんも隣の家を見て自分の家にないものを探すのは容易かと思いますが、実際生きていく上では、自分の家にある(けどなかなか気がつかない)ものを見出すことのできる能力は大切です。

波照間島で地域医療の勉強していて「多職種連携」と聞いた時にいまいちピンときませんでした。

へき地に多職種がいないから?いや、違います。それはあまりにもありふれた日常的なものだったからです。

多職種連携は生活から!

皆さんは周りにいる医師だけでなく、保健師や介護士、さらには警察官や学校の先生、役場の人、地域の有力者と出会う機会はあるでしょうか?

例えば波照間島で医師や看護師は、保健師とは毎週のように診療所でお茶を飲みながら皆で雑談をしたり、患者さんのことで相談したりされたり、必要があれば連携会議をすぐに開いたり、それが日常でした。院内での連携は言わずもがなです。

診療所赴任直後、独身の私に昼食のお弁当を職員の母が作ってくれました。診療所内の連携は私の昼食からスタートしたのです。青年会メンバーである役場職員や学校の先生などはもちろん、世代を超えて校長先生や駐在警察官、郵便局長、三線の先生たちはみな飲み仲間でした。

「距離が近い」を超えて、息苦しい関係性と感じる人もいるかもしれません。しかし、そんな中で診療していると、時に多職種連携の真の力に触れることがあります。

患者の周りに面倒をみる人がいない!?

波照間島に90歳を過ぎたおばぁが住んでいました。自力で歩くことはできず、島を離れることは絶対ない、死んでも出ないとおっしゃる姿はいつも凛としている方でした。この方を介護できるのは島に住む娘だけで、いつも娘に排泄、入浴だけでなく、発熱時の対応やありとあらゆる文句、甘えを伝えていました。

そんなある日、中年女性が手首の骨折で診療所を受診しました。

いつものように整復、固定しましたが、どうも骨折は関節内に至っており、早期の手術による治療が必要でした。早急に紹介状や移動の準備を進めていると、島の看護師さんがしきりに電話して、なにか調整している様子。

そう、この女性がおばぁの娘であり、唯一の介護者だったのです。

おばぁは実はこのとき頻回の発熱を繰り返しており、数時間おきのケアを必要としていました。

私はいつも、“要介護者がいくら島での生活を望んでも、家族、医療者、介護者のいずれかが『島では対応できない』と判断したときが、島で暮らす限界だ”と考えていました。そしてこのときばかりは“介護者である娘の怪我を島内で診療できず、家族である介護者はいなくなってしまい、おばぁが島で暮らせなくなる―”との考えが頭をよぎったのです。

皆さんの周りにも「息子が倒れたら施設に入るしかない」「嫁がいなくなったらいきていけない」といった人たちはいるでしょうか?

しかし、結局このおばぁは近隣の住民が交代で訪問し身の回りのケアをしてくれたのです!

島に唯一の小規模多機能型居宅介護事業所もバッチリ対応してくれました。対応できない部分は親戚でもない、ただご近所に住んでいる皆さんが行ってくれたのです。

都会のベッドタウン出身で、地元で隣近所に住んでいる人の名前すら知らなかった私は、このことに非常に感動し、のちに質的に分析しました1)

その研究でのインタビューで、介護したご近所さんたちはみな一様に「子供のころから世話になったからね」とか「親戚じゃないけど他人じゃないよ」とおばぁとの結びつきの強さを認めていたのでした。

医療・介護のリソースは目の前にある

都会のアパートで独居の高齢者がケアを必要としたとき、同じフロアの住民が手を挙げるでしょうか?

確かに入所施設もないし、専門医もいない、介護のプロもたくさんいないこの島で暮らしていくときに、多職種連携とは専門家会議ではないのです。今ある資源を集結してこの患者のために、この島のためにできる最善を尽くしていく。

多職種というけれど、ただの近隣の住民じゃないかって?そう、たしかに“職種”ではないですが、それぞれができることを持ち寄っているのです。

島では繋がりのない人はいません。

親がいたり、子どもがいたり、同級生がいたり、先輩後輩がいたり、近隣住民がいます。その人に関係するあらゆる人をヒントに介入のチャンスを探るのです。

慢性疾患のコントロールがうまくいかない母親がいれば、その家で要介護のおじぃおばぁのケアを見直した方が良いのかもしれません。学校に出向いて子どもの担任の先生と児童の様子について伺いに行った方がいいかもしれません。

その母親が患っている病気は、母親の生活の中でほんのごく一部なのですから。

病気は医療者である私たちには常に前面に出てくる問題ですが、彼ら、彼女らにとっては手の焼ける子どもの世話やストレスフルな仕事の影に隠れているのかもしれないのです。

結局おばぁは、娘が島を離れている間、ほとんど熱を出しませんでした。

「ありがとう」、「申し訳ない」と言いながらいつもシャキッとしていたおばぁは、娘が帰ってきて間もなく、再び高熱を出して娘を呼び出したのでした。

文献

1.朴 大昊:介護者が不在となった虚弱高齢者に対し地域住民の協力で離島内でのケアを継続できた一例. 第5回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会. 岡山. 2014年5月