【連載】看護学原論に立ち戻って考える!KOMIケアで学ぶ看護の観察と看護記録

第5回 看護にとって「病気」とは?―看護のものさし③生命力の消耗を最小にする援助(1)

執筆 金井 一薫(かない ひとえ)

NPO法人ナイチンゲールKOMIケア学会 理事長/東京有明医療大学 名誉教授

そもそも「看護」って何だろう?何をすれば看護といえるのだろう?本連載では、看護とはどのようなことであり、どのような視点で患者を観察し、また記録するのかについて、ナイチンゲールに学びながら解説します。


本連載の第4回で、「患者に行き届いた看護をすれば自然の回復過程は妨げられることなく順調に進む」というナイチンゲールの言葉から、本来の看護とは「“自然につくり出す回復過程”に力を貸し、患者の生命力がアップするように導く」というお話をしました。

今回は、看護のものさし③「生命力の消耗を最小にする援助」とはどんなことを指すのかについて具体的に考えていきます。

「最も良い状態」を生活過程の中に創り出す援助

体内で自然の回復過程が妨げられないように順調に進ませるためには、患者に対してどのようにすればよいか、第1回から読まれている方は、だんだん想像が出来てきているのではないでしょうか。

例えば、部屋の空気の質に気を遣ったり、太陽の光をとり入れたり、食べられる食物を準備し、食べられる時間を見計らって食事を提供したり、手浴や足欲をしたり、変化を作ったり、安楽な体位を工夫したり、体位変換をしたり、身体を清潔にしたり……。

そうした患者にとっての外部環境をベストに整えるという「本来の看護」を行き届かせることで、体内に発動する自然の回復過程は順調に進み、さらには促進されることになります。それはまた、その時々の生命力の消耗を最小にすることにつながるのです。

癒そうとしているのは自然であり、私たちは自然の働きを助けなければならないのである。自然は病気という現れによって癒そうとして試みているが、それが成功するか否かは、部分的には、いやおそらく全面的に、どうしても看護いかんにかかってこざるをえない

F.ナイチンゲール著(湯槇ます、薄井坦子ほか訳)『看護覚え書』

ナイチンゲールは、こう述べて、病人の療養過程においては、看護の働きがいかに重要であるかを強調しています。

患者の生命力を消耗させているものは何か

ここでさらに一歩深く掘り下げて、「生命力の消耗を最小にする看護とは」について、その要点を述べてみます。

看護を受ける人は、大なり小なり健康障害を持っていて、それを一人では解決できない状態にある人が大半です。そういう人に向き合ったとき看護はまず「何がこの方の生命力を消耗させているか……」と観察することから始めます。

急性期にある患者の場合は、当然ながら激しく出ている症状・病状(それがもたらす苦痛や苦悶)が生命力を消耗させていることが多いと思われます。

ですが、そのような急性期の場合であっても、例えば病室が暑すぎたり寒すぎたり、汗が拭かれなかったり、喉のかわきに気づかれなかったり、体位の変換がおろそかにされたり、辛い頭の熱感が放置されたままだったり……など、身体的な看護の不備や不足が生命力の消耗の原因になることも多くあるのです。

またそうした看護のあり方の不備が、病人の症状・病状(それがもたらす苦痛や苦悶)を何倍にも強めることがありますので、すべての状況を「今、生命力を消耗させているものはないか……」と、最新の注意を向けて観察しなければなりません。

次回も引き続き“生命力の消耗を最小にする援助Ⅱ”「慢性病に必要とされる看護の眼」について具体的に解説したいと思います。

ナイチンゲールKOMIケア学会
同学会は、理事長である金井一薫がナイチンゲール思想を土台にして構築した「KOMIケア理論」により、現代の保健医療福祉の領域において21世紀型の実践を形作り、少子高齢社会を支える人材の育成に寄与することを目指します。

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