【連載】泣いて笑って訪問看護

第7回 『訪問看護とターミナルケア』―入浴介助の願い

執筆 川上 加奈子(かわかみ かなこ)

株式会社のものも よつば訪問看護リハビリステーション 看護主任

医療の場が在宅へと比重が高まるものの、まだまだ知られていない訪問看護。ここでは訪問看護の実際について、エピソードを通じてご紹介します。


どうしてもお風呂に入りたい! その時ナースのとった行動とは

一般的に、血圧が70台、酸素も不安定で呼吸状態が悪いとなれば、入浴の許可はおりないのが普通であろう。

しかし、ターミナルの方の入浴介助に関しては、医師により指示が異なってくる場合も多い。
死ぬ前にどうしてもお風呂に入りたい、あるいは入れてあげたいという希望があれば、例えバイタルがあり得ない数値であったとしても、そのままご帰天される可能性も説明した上で、許可が出ることもある。

今回のケースは、92歳のおばあちゃん。もう10年以上風呂に入っておらず、それこそ死ぬ前にどうしてもお風呂に入りたいと訴えたそうだ。

お金がなくて訪問入浴のサービスさえ利用できない上に、とても歩ける状態ではない。仙骨部はひどい褥瘡で痛みも強い。

さて、どうしたものかと考えた末にとった先輩ナースの行動は、ベビープールを利用しての入浴だったという。

ベッドサイドに防水シートをしき、2人の看護師でバケツリレーでお湯を溜め込む。ベビープールは浅いため、仙骨があたってもなるべく痛くないようにと底にはタオルを敷いたとか。

汗だくで、2人の看護師で抱えるようにしてベビープールに浸らせてあげると、お尻が痛い!と叫びながらも、その利用者様は「なんて気持ちいいんだろうねえ…気持ちいいねえ…」と何度も何度も繰り返されていたとのこと。

蓄積された垢は当然一回ではおとせるはずもなく、「○さん、また次の時に洗おうね!」と会話していたのが最後になったそうだ。

「あの時の嬉しそうな顔は忘れられないよ。本当に幸せそうだった。あんなことができるのは訪問ならではだね(笑)」と先輩ナースは目を細め、少し寂しそうに笑った。

※続いては、「残された時間を、その人らしく過ごすために」です。

残された時間を、その人らしく過ごすために

訪問では、当然のことながら余命宣告をされた方々と向き合うことも多い。しかし、死と向き合う恐怖心や、生きたくても生きられない悔しさを全て受け止めることはとても難しい。

よって、せいぜい私たちにできることといえば、先生との間に入り、残された時間をいかに辛くなく、その人らしく過ごすことができるのかということを一緒に考えていくこと位なのかもしれない。

具体的な方法としては、一番は、こまめに主治医とコンタクトをとること。
病院とは違い、訪問は医者が近くにいないため、主に医者とのやりとりはFAXや手紙になる。
受診の度に、利用者様の痛みの度合いや疲労度、食事や水分の摂取状況、排泄や睡眠状況など、精神面の変化も加え、細かく報告していく。

それを繰り返していくと、段々と先生と看護師と利用者様のベクトルが合ってきて、共に闘う戦友のようにさえなってくる。
そしてそれは結果として、利用者様の精神的ケアにもつながっていくのではないだろうか。

いつだったか、何度断っても、訪問に行く度に、お礼の気持ちを渡そうとしてくるおばあちゃんがいらした。
当然毎回断ってきたのだが、もう、残された時間がわずかとなったある日、訪問すると、娘様が、「母から預かりました」と手紙を渡してきたのだ。そこにはヨレヨレの字でこう書いてあった。

「いつもいつも、汚いことばかりさせてすんません。本当にいつも感謝してるのに、目が覚めるといつも看護師さんが帰られた後で、ちゃんとお礼も言えず申し訳ないと思っています。私が死んだら、もう立場とか関係なくなるでしょう。だからその時は私の気持ち、受け取って下さいね…」と。

読んでいるうちに涙が出た。もうその気持ちだけで充分ですと心が一杯になった。
結局それから数日後にそのおばあちゃんはご帰天された。

ターミナルケア。
まだまだだなと感じることも多いが、残された時間を、より、その人らしく過ごせるよう、最後まで寄り添っていけたらと思っている。

ページトップへ