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【連載】泣いて笑って訪問看護

第11回 『歩けた!』―腸閉塞からの寝たきりへの介入

執筆 川上 加奈子(かわかみ かなこ)

株式会社のものも よつば訪問看護リハビリステーション 看護主任

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医療の場が在宅へと比重が高まるものの、まだまだ知られていない訪問看護。ここでは訪問看護の実際について、エピソードを通じてご紹介します。


腸閉塞、食べられない、そして寝たきりに…

Yさんとの出会いは、3年前。
腸閉塞を繰り返されていたことから、退院時、医師から訪問看護の依頼が入ったことがきっかけであった。

訪問看護導入時は、作ることと食べることが大好きで、暇さえあれば、しょっちゅう台所に立たれている方だった。
しかし、ちょっと食べてはイレウスを繰り返すうちに、食事だけではまともに栄養を取れなくなっていかれた。
かといって、高カロリーのドリンクを飲むと、今度は濃度が濃すぎてお腹が張ってしまい吐いてしまう…。

そんなことを繰り返されるうちに、徐々に低栄養、脱水は進み、体力はみるみるうちに低下。
大好きな台所に立つこともままならなくなり、ある日室内で転倒され肉離れに…。

そして、その肉離れこそが、寝たきりの生活への第一歩となってしまったのである。

食べられない、寝たきりとなれば、当然のように床擦れはやってきて悪化していくばかり。
「寝たきりになんてなりたくない。自分の脚で歩いてトイレに行きたい」
そんな思いとは裏腹に、下肢の筋力は歩かないことで哀しいほど早いスピードで落ちていった。

それでも、Yさんと娘さんは、「いつか歩けるように頑張らないと!」と、ベッド上のリハビリを怠らなかった。

しかし、状況はさらに悪化。
低栄養で腹水がたまり、救急搬送され、一時は病院の医者から「覚悟して下さい」とまで言われたYさん。

それでも、中心静脈栄養のポートを造設して見事、自宅に戻ってこられた。
ポートを造設したことで、口からまともに食べられなくともカロリーは補える状況にはなっていた。

しかし、退院直後は本当に痩せてしまわれ、体力的にも85歳という年齢的にも、正直、看護師も医師も、もう歩けるようになることは難しいかなと思っていたのが本音であった。

「歩きたい」という利用者様の強い思いに寄り添う

しかし、Yさんと娘さんは、そんな状況下でも歩くことを諦めていなかったのである。

「絶対に歩きたいと思っていれば必ず歩けるんだよ!お母さんはヤル気が足りないんだよ!ベッドサイドに立つ位はできるでしょ!」
「そんなことは分かってるよ!私だってできることはやってるよ‼ほら!」
「あら!本当だ!スクワットまでできるの!?ちょっと!私がいない時に1人でやっちゃダメだからね!?分かってる!?転んだらおしまいなんだからね!」

このやりとり、よく知らない方が聞かれたら、喧嘩しているように聞こえるかもしれないが、そうではなく、2人にとっては毎日の挨拶のような愛のあるやりとり。

そんなこんなで地道にベッドサイドでのリハビリは継続され、中心静脈栄養が入ることで体力も徐々に回復。
もちろん医療スタッフも、本人の意思を尊重して、リハビリはサポートしていた。

しかし、ギリギリの点滴のカロリーで生活されているYさんの脚に筋肉が戻ることはなかなか難しく、点滴をした状況下で転倒するリスクや、また転倒して肉離れや骨折なんてされたら、もう自宅には戻れなくなるかもしれないという心配から、「トイレまで歩いて行きたい」というYさんの目標は、先延ばし先延ばしにしていたのが事実であった。

ところがである。

先日訪問に行ったら、とても晴れ晴れとした笑顔でYさんがこう話されたのだ。

「1年ぶりかしら。一昨日、トイレまで歩いて行けたのよ。点滴の棒に捕まりながらだけどね。
久しぶりだからか思うように脚が動かないもんねぇ。フラフラするけど娘に支えてもらってね。
でも、トイレに座れたのよ。やっぱりトイレでできるっていいもんね」

「え〜!」と驚く私に、娘さんが
「8回も往復して、ほとんどトイレですませたのよ、その日は」と追い打ちをかける。
「え〜っ⁈8回もですか⁈」
言葉を失う私。

「さすがに昨日は疲れて3回だけ。あとは我慢したの。今日はまだ1回」と笑うYさん。
いきなり8回も往復したことは危険極まりなく、また肉離れを起こしていたかもしれず…

そんなことを思うと「ダメじゃないですか」と言うべきところだが、開口一番に出てきた言葉は「良かったね〜‼すごいね!嬉しいですね〜‼」であった。

しかし、そこから慌てて脚の状態を調べる。
今のところ、脚は張っているが筋肉痛は出ていない。しかし、疲れは後になってから出てくるためまだ安心はできない。

実際、筋力もついてない状況下での歩行はとても危険である。
しかし、8回も往復されたとなっては、今更止められない。ならばどうすればよいか…。

本人と家族の強い希望があるならば、やはりそれを叶えるべくサポートするしかないであろう。

そこで、リハビリの先生に早速連絡。
事実を伝え、今後はトイレまでの動線の環境整備の徹底と、歩き方の指導、また娘さんの具体的なサポートの仕方の指導を開始する予定となった。

そして、Yさんには、「絶対に1人では歩かないこと。眠剤を飲んだ後は歩かないこと。体調が悪い時は無理しないこと。歩行はせいぜい一日2回から始めて欲しいこと」を伝え、さらに娘さんにも、介助してるつもりでも、いきなり倒れられたら一緒に倒れてしまう危険性も充分にあることを説明し、くれぐれも慎重に進めていきましょうと話し合った。

さあ、これからどうなっていかれることか…。
不安も大きいが楽しみでもある。

というのも、やはり、やり遂げたいという強い気持ちは、不可能を可能に変えてしまう力があるんだなと改めて感じたからだ。

もしかしたら、数日後、筋肉痛で動けなくなるかもしれない。今後、歩行器の導入など、いろいろ策は練る予定だが、やはり転倒などのトラブルも出てくるかもしれない。

しかし、何よりも、本人の「歩きたい」という願望を叶えてあげることこそが、Yさんにとっての一番の看護なのかもしれないと、あの晴れ晴れとした顔をみた時感じたのである。

それを思うと、今までの経過の中で、誰がみても無理でしょうというような状況下でも、Yさんを叱咤激励し、歩くことを応援し続けた娘さんは、何にも勝るサポートをされていたのかもしれないなと気づかされた気がした。

「私ね、1年ぶりに洗面所まで行けて嬉しかったんだけど、鏡みて、なんてお婆ちゃんになっちゃったんだろうってガックリしたのよ〜。この1年、鏡なんて見なかったからね〜」とYさん。
するとすかさず「あんたその年なんだからもとから婆さんだよ(笑)。たいして変わらないよ!」と娘さんがツッコミをいれる。

そんな漫才のような2人のやりとりを聞きながら、
『あぁ、ここに訪問にくると、なんだかいつも心が温かくなる気がするのは、そこに愛があるからなんだなあ』
と、そんなことを思い、それと同時に、いつまでも、このお二人に寄り添って行きたいな…と心から感じていた。