【連載】看護学原論に立ち戻って考える!KOMIケアで学ぶ看護の観察と看護記録

第6回 看護にとって「病気」とは?―看護のものさし③生命力の消耗を最小にする援助(2)

解説 金井 一薫(かない ひとえ)

NPO法人ナイチンゲールKOMIケア学会 理事長/東京有明医療大学 名誉教授

そもそも「看護」って何だろう?何をすれば看護といえるのだろう?本連載では、看護とはどのようなことであり、どのような視点で患者を観察し、また記録するのかについて、ナイチンゲールに学びながら解説します。


今回は本連載の第5回の「患者の生命力を消耗させているもの」について、つづきをお話していきます。

慢性病に必要とされる看護の眼

慢性病を持つ患者の場合には、その人にとっての苦痛・苦悩の種(消耗の原因)となるものがあります。

それは、身体的な乱れに加えて、病室の環境や家族との関係、仕事における悩みなどです。その人を取り巻くあらゆる環境条件や社会的な問題も、生命力の消耗の原因になりますので、視野を広げた観察が必要です。

さらに「寝たきり」になってしまった場合は、この寝たきり状態そのものが生命力を消耗させることがありますので、できる限り同一の部屋に閉じ込めることのないように、生活の仕方を工夫することが大切になってきます。

ナイチンゲールは、『看護覚え書』のなかで次のように述べて、寝たきりの病人にとって、いかに「変化」が大事かということを強調しました。

人びとには、長期にわたってひとつ二つの部屋に閉じ込められ、毎日毎日、同じ壁と同じ天井と同じ周囲の風物とを眺めて暮らすことが、どんなに病人の神経を痛めつけるかは、ほとんど想像もつかないであろう

『現代社刊第7版』

また、次のような指摘もしています。

患者の眼に映るいろいろな物の、その形の変化や色彩の美しさ、それはまさに、患者に回復をもたらす現実的な手段なのである

『現代社刊第7版』

看護には「唯一絶対の対策」はありえない

「生命力の消耗を最小にするように整える」という目的を実現するには、それにつながる無数の条件が関係してきます。

ですから看護師のケアのあり方にはこれがいいという「唯一絶対的な答え」は引き出せません。時には、看護師の言動も患者を消耗させることがあります。

看護のあり方は条件次第で、その具体策は変わってきます。ですから、看護の目的の実現のためには、看護師が常時その時どきの状態を見極めつつ、「生命力の消耗の程度」を判断して「より生命力の消耗を最小にするための方法」を考えていかなければならないのです。それが看護ケアの基本的な性質です。

誰にでも同一のものを提供する仕事との違い

つまり、看護師の仕事は患者の状態に応じて「生命力の消耗が最小になるように」配慮します。それは「一杯のラーメン」をどの客にも同じように提供する仕事との根本的な違いです。

看護師はラーメンの味や量、茹で加減などに気を配るでしょうし、そもそも今ラーメンを提供してよい患者かどうかも見極めるでしょう。

看護はいつも条件次第であり、個別性・一回性を重視する仕事なのです。私たち看護師にとって、この課題をクリアするのがいちばん難しいです。

単純に病人の症状や病状だけに向き合っている看護師には、到底この課題をクリアすることはできないでしょう。

しかし日頃から思考を訓練していれば「何がその人の生命力を消耗させているか」「今、この患者には何を行うべきか」が見えてきます。

ここが“看護の原理”を介在させて思考し判断しなければならない、私たち看護師にとっての中心課題なのです。

次回は引き続き“看護のものさし”から「生命力の幅を広げる援助」について解説していきます。

ナイチンゲールKOMIケア学会
同学会は、理事長である金井一薫がナイチンゲール思想を土台にして構築した「KOMIケア理論」により、現代の保健医療福祉の領域において21世紀型の実践を形作り、少子高齢社会を支える人材の育成に寄与することを目指します。

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