【連載】看護学原論に立ち戻って考える!KOMIケアで学ぶ看護の観察と看護記録

第17回 KOMIケアを実践しよう―「ナイチンゲールKOMIケア学会 第7回学術集会 20周年記念集会」より―

執筆 金井 一薫(かない ひとえ)

NPO法人ナイチンゲールKOMIケア学会 理事長/東京有明医療大学 名誉教授

そもそも「看護」って何だろう? 何をすれば看護といえるのだろう? 本連載では、看護とはどのようなことであり、どのような視点で患者を観察し、また記録するのかについて、ナイチンゲールに学びながら解説します。


2016年6月25日、26日に「ナイチンゲールKOMIケア学会 第7回学術集会 20周年記念集会」が開催されました。今回は、本連載の執筆者であるナイチンゲールKOMIケア学会の金井一薫理事長による講演の一部をお伝えします。

ナイチンゲールKOMIケア理論が創る実践のかたち

今回開催された第7回学術集会は、本学会の前身である“KOMI理論学会”の第1回目から数えて、ちょうど20回目に当たる記念すべき集会となりました。

第7回学術集会様子

大会テーマは「理念をかたちに!-ナイチンゲールKOMIケア理論が創る実践のかたち-」。2日間にわたり金井一薫の基調講義ほか、KOMIケア理論に基づく実践のかたちをテーマに研究する大学や、KOMIケア理論を利用している施設の経験豊富な演者のみなさんが貴重な講演を行いました。

1日目の会長講演では「 3rd Commonwealth Nurses and Midwives Conference における発表を終えて−今、イギリスでは……、ナイチンゲールをめぐる新たな動き−」と題して、金井先生が第3回英国連邦看護師・助産師協会主催学術集会( 3rd Common-wealth Nurses and Midwives Conference. )の模様を紹介しました。

ナイチンゲール誕生のロンドンでKOMIケア理論を発表

2016年3月、ナイチンゲール誕生のイギリス・ロンドンで第3回英国連邦看護師・助産師協会主催学術集会(3rd Commonwealth Nurses and Midwives Conference.)が開催されました。

金井 一薫(かない ひとえ)さんの写真

生命過程」と「認識過程」それに「生活過程」、そして「5つの看護のものさし」を頭のなかに置いて看護ケアの実践を創る。これがKOMIケア理論の中心核でありナイチンゲールの思想を引き継いだものです。その内容である「ナイチンゲールKOMIケア理論の概要とシステム」をテーマに発表をいたしました。

「看護の5つのものさし」説明風景

これは、「看護の5つのものさし」です。英語表現が日本語とニュアンスが変わることもあって、どの単語を置いたらよいかを悩みましたが、ものさし3番と5番は下記のように訳しました。

生命力の消耗を最小にする
=「minimizes the expenditure of vitality」
持てる力・健康な力・残された力
=「remaining health and power」

「対象論」(人間の健康に影響するさまざまな関係性)についての説明資料

これは、KOMI理論でお馴染みの図です。KOMIケア理論の「対象論」(人間の健康に影響するさまざまな関係性)についての説明資料です。生命過程と生活過程は、英語では同じ「Life」になりますが下記のように訳しました。

生命過程
=「Internal life activity」
生活過程
=「Daily life activity」
認識
=「Cognition」
社会過程
=「Social life activity」

今後みなさんがKOMIケア理論を理解し、KOMIケアシステムを使用していくなかで、英文表現をする場面があるときにはこの単語をお使いいただければと思います。

今回のロンドンでの学術集会を通して見られたことは、ナイチンゲール研究の水準としてはナイチンゲール文献を基礎にオリジナルな分野を切り開いた研究者は少ないものの、各国の特別講演者たちが「ナイチンゲールの基本に帰ろう」と力説していたことでした。

リン・マクドナルド博士の講演についての説明風景

とくに本学術集会主催の協力者であり長年にわたりナイチンゲール文献を研究してきたリン・マクドナルド博士を筆頭に、英国文化圏の看護界でナイチンゲール思想は十分に認識されていることがわかりました。また私としても日本におけるナイチンゲール思想の研究の実態を、世界に初めて発信するという貴重な機会となりました。


このほか1日目は以下の演題が発表されました。


1)飯田大輔:社会福祉法人・福祉楽団
「KOMIチャートシステムを活用した新しい記録ソフトの開発と実践報告」
2)山田翔太・山裾和夫:福祉楽団・杜の家やしお
「特別養護老人ホームにおける看取りケア」
3)真鍋みゆき:阪南中央病院
「KOMI記録システムだからできる! 重症度、医療・看護必要度評価の精度アップのための取り組み」
4)山口英里、岐阜大学:松波美樹:岐阜大学医学部付属病院
「高齢者の“持てる力”に着目した実習事例の検討」
5)上田恵理子・宮上多加子・荒川泰士:高知県立大学社会福祉学部
「訪問介護事業所におけるKOMIケア理論および記録システムの活用のあり方」



看護師として、患者さんの看取りの場面にあったとき、どのように考えるでしょうか。ここでは「自然死」とはなにかをKOMIケア理論に沿ってお伝えしていきます。

KOMIケア理論が提示する“自然死”とは

看護とは自然が患者に働きかけるにもっともよい状態に患者をおくことである

これはナイチンゲールの看護の定義ですが、看護の原理を表わしていますから、どのような状態の患者さんにも、また「自然死」を導くケアにもあてはめて活用することができます。

これまで病院で終末期をむかえる患者さんに、ご家族は亡くなる直前まで医療的にやれることは全部やってもらいたいと思っているというのがあたりまえという環境を見てきました。
そこで「自然死」とは何かを、KOMIケア理論を通してお伝えします。

KOMIケア理論が提示する“自然死”とは、説明風景

「自然死」とは、他の動物のように自然にまかせて死を待つ……という解釈もできそうですが、KOMIケア理論では、“自然死”は人間社会の中で、人間らしく、自分らしく人生の最期を穏やかに迎えるための取り組みのなかから生まれ「つくられる」ものと考えます。要するにとても「社会的な現象」なのです。そこが他の動物と大きく異なるところです。

自然界に生きる動物は、自分の死を感じると群れから離れて自分の死に場所を探し、自然な死を迎えます。一方、人間は生まれるときも、病気になるときも、老いたときも、死ぬときも、家族を含めた人間社会のなかで支えられながら生きている動物です。

自然死とは、説明風景

したがって人間の「自然死」とは「つくられる」ものなのです。これを理解していないと、本来の自然死という日本語の意味が変わってきてしまいます。そしてその自然死をつくり出すには、どうしても周囲の人たちの協力が必要になってきます。

人間の自然死は、本人を取り囲む家族や親戚、また看護師、介護士、医師、歯科医師、薬剤師、社会福祉士、栄養士などさまざまな他職種で構成する人たちの、連携された輪の取り組みのなかで行なわれることが不可欠の要素となるのです。

冒頭のナイチンゲールの言葉「看護とは自然が患者に働きかけるにもっともよい状態に患者をおくことである」の「自然が」という言葉の意味は、体内に宿る自然の姿、生命の力、あるいは体内バランスをとろうとして働く生命の維持システムのことを指しています。

私たちは自然(nature)というと住んでいる世界から見る外界の世界と取りがちですが、ナイチンゲールがいう自然とは、体内の内部環境における自然環境のことで「生命のあり方」を示した言葉です。体内に宿っている生命の維持システムを自然といい、そのバランスに着目をしていきます。

自然死とは、説明風景②

体内バランスの原理は、死にゆく過程においても明確に存在するというところから出発します。ナイチンゲール看護論の根底には「回復過程の姿をみる」という視点があります。病気を持ったり、障害を持ったり、身体のなかになんらかの違和感があったときには、身体のなかで働いている生命の維持システムがきちんと躍動しているから元の姿に戻っていく。これを回復過程と呼び、死にゆく過程も回復過程が発動している姿であるというと驚かれるかもしれません。

終末期における回復過程

それでは死ぬことが何故、回復過程なのでしょう。「死にゆく回復過程」というのは日本語としておかしなことになりますね。ですが死にゆく過程においても生体のバランス維持機構は働いていると解釈すると納得できるでしょう。

終末期における回復過程説明風景

自然死を創るKOMIケアとは、この根本的な生命の姿に焦点を合わせないとわけがわからなくなってきます。例えば老衰で口から食べられなくなったときには、食べ物も水も断つのは虐待ではなく、そうしないと身体の維持システムが逆にバランスを取りにくくなるからです。

人の自然な死の正体は「細胞数の減少」です。赤ちゃんのときから20歳まで細胞は増えていきますが、20歳を過ぎたころから減少し始めます。心臓の細胞も筋肉の細胞も骨の細胞もピークを過ぎれば減る一方になり、やがて自然に老いていくと身体も細く小さくなることは、普通の生命の姿なのです。

終末期における回復過程説明風景②

そのときそのときの年代によって、身体は安定したバランスが取れる状態にいようとしますし、バランスを取ろうと体内では努力をしているはずです。ひとつの臓器だけが極端に衰弱する(細胞が減る)ことはあり得ません。ひとつの臓器が衰えてくれば、それにともなって身体はバランスをとろうと身体全体の生命力を縮小していきます。それが老化現象の姿です。

したがって生命力が小さくなった身体に、たくさんの食事や有り余る点滴による水分が入ってきたりすると、身体は苦しくて仕方がありません。細胞の生命力の身の丈にあった生活過程を営まないと、生命力が消耗していきますから、働かせすぎないこと、生活過程(食事量や運動など)を縮小していくことなど「生命の性質をよく知る」ことが大事になってくるのです。


次ページで引き続き「看護ケアとは生命力の消耗を最小にするように生活過程を整えること」についてお話しします。

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