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【連載】平手教授の臨床医学面白ゼミナール

【シリーズ第1弾 心電図って面白い!】第1話 刺激伝導系の発見

執筆 平手 裕市(ひらて ゆういち)

名古屋掖済会病院 心臓血管外科 部長 中部大学 生命健康科学部 特任教授  えきさい看護専門学校 非常勤講師 愛知県臨床工学技士会 顧問

Hira

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目次


今日は、週に一回、平手教授が、C大学からE病院へ、集中管理や手術の邪魔をしに、じゃなくて、指導をしにやって来る日です。あらあら、今回も待ち構えているのは看護師のたくみ君と美和さんのようです。

心臓のリズムは、神経が作るのか、心筋が作るのか?


たくみ君「先生、待ってました。先週の続きを教えてください」


平手先生「そうそう、どうして心臓が規則的に動くかって話でしたね。まあ、100年くらい前に議論になった話題ですね」


美和さん「えーっ!そんなに昔ですか?」

平手先生「いえいえ、医学の歴史から見たら最近のことですよ。神経原説と筋原説の論争です」

たくみ君「神経がリズムを作るのか、心筋がリズムを作るのかってことですか」

平手先生「その通りです。ところで君たちは、どっちだと思う?」

美和さん「私は、緊張するとドキドキして心拍数が上がるから、神経が心拍をコントロールしていると思います」

平手先生「美和さんは、神経原説ということだね」

たくみ君「僕は、中学のカエルの解剖の時、切り出した心臓がしばらく勝手に動いていたから、筋原説です」

平手先生「その議論に決着をつけたのは、日本人の田原先生です」

美和さん「えーっ!日本の先生ですか?」

平手先生「田原先生は、マールブルグ大学病理学教室のアショフ教授の研究室へ留学中に、その答えにつながる発見をしました」

たくみ君「へー、何を発見されたのでしょうか」

平手先生「と言うことで、実は、今日は田原淳(たはらすなお)先生にお越しいただきました」

田原先生「うっほん、私が、大分県出身の“た”、“は”、“ら”です。ドイツ人のアショフ先生ときたら、“たはら”って発音できないから、私のことを、“たぁわぁら、たぁわぁら”って呼ぶんだよね。おかげで、私の国際ネームは、Tawaraになってしまった」

美和さん「本当だ。この本には、房室結節のことをTawara nodeって書いてあります」

平手先生「私が大学生の時、ドイツ語の授業で、斎藤君は、“さいとう”と発音できないドイツ人の先生に“ザイトー、ザイトー”って呼ばれていたなあ」

美和さん「田原先生、すいません。お続けください」

田原先生「当時、私はアショフ教授に与えられた心筋炎の病理学研究のため、来る日も来る日も心臓の組織票本を作り、顕微鏡で観察していたんだよ。アショフ教授は、その成果を高く評価してくれたけど、まあ、やや地味な研究だったね。しかも期待した説を否定する結果だったんだ。ハハハ、ちょっと残念」

平手先生「そうでしたか、その段階の成果としては、あまり派手ではなかったんですね」

美和さん「もー、平手先生、とっても失礼ですよ。田原先生、本当に申し訳ありません」

平手先生「失礼しました。では一体どこから、イギリスのキース先生をして、『心臓学が新しい時代に入った』とまで言わしめた研究が始まったんでしょうか」

田原先生「当時心臓発生学の視点から筋原説を唱えていたヒス教授(Wilhelm His Junior)が、1893年に心房と心室を繋ぐ筋束の 存在を報告していたんだな」

たくみ君「あっ、ヒス束ですね」

田原先生「そう、そのヒス束と低心機能の関係を調べて見なさいとアショフ先生に言われてね。ヒス束の走行を追いかけているうちに、心臓のほぼ中央で心室中隔上部に近い心房中隔の中に特殊な心筋線維の集まった結節があることに気がつきました。

この特殊な筋線維は、ヒス束を通じて、さらにプルキンエ線維につながっていたんだ。1845年にJan Evangelista Purkinje が発見した後も、何だかわからなかったプルキンエ線維は、房室結節、ヒス束から続く一連の通路の最終枝だったんだよ。私は驚いたね」

平手先生「世界中が驚きました」

田原先生「これが房室結節の発見であり、房室結節からヒス束、プルキンエ線維へと続く刺激伝導系の発見になったんだな1)。それで房室結節は、田原結節とも呼んでもらえると言うわけさ。まあ、ドイツでは、Aschoff-Tawara nodeって言っているし、世界では、atrioventricular nodeだね。まあいいか。ハッハッハッハ」

刺激伝導系とは?


美和さん「ヒス先生やプルキンエ先生の名前は、ヒス束やプルキンエ線維として残っているのに、一番重要な発見をされた田原先生の名前が使われないのは納得いきません」

平手先生「まあまあ、美和さん、落ち着いて。田原先生による刺激伝導系の発見によって、心臓がリズミカルに動く生理的メカニズムは、心筋そのものにあることがわかったのです。これによって筋原説が勝利したわけです。

その後の多くの研究者によって、刺激伝導系を作る特殊心筋は、形態や膜構造の違いから、固有心筋に比べ、刺激伝導速度が房室結節では遅く、ヒス束−プルキンエ線維ではとても速いことや、細胞膜表面にある“イオンチャンネル”の特殊性から固有心筋にはあまりみられない“自動能”があって、勝手に興奮できることがわかりました。そして調和のとれた心房心室間の刺激伝導や、心室内では速やかで効率よく刺激を伝え、心室筋の収縮を誘発していることがわかってきたんだ」

たくみ君「刺激伝導系って、すごそう!でも、イオンチャンネル?自動能?」

平手先生「たくみ君、急がない、急がない。まず、はじめに、田原先生が発見した刺激伝導系の全体像を確認しましょう2)。上大静脈がつながる右心房上部で、分界溝(sulcus terminalis)の外側の比較的広い範囲に自動能を持った細胞の集まりがあって、これが洞結節(sinus node)あるいは洞房結節(S-A node)と呼ばれる刺激伝導系の始まりです。

ちなみに発見者は前出のキース先生です。洞結節はその自動能によって周期的に脱分極と再分極を繰り返しています」

たくみ君「あのー先生、脱分極とか再分極も、よくわかりません」

平手先生「たくみ君、急がない、急がない。そのことは、後から話すから今は聞き流してください。洞結節で電気的興奮=刺激が生成されたところから考えてください。図で説明しますね」

美和さん「はい、ここの①ですね」


平手先生「洞結節(sinus node:①)で生成された刺激は、3本の結節間路(internodal tract:②)によって右心房(right atrium: RA)へ、バッハマン束(Bachmann bundle:③)よって左心房(left atrium: LA)へ伝えられ、心房の興奮収縮を誘発します。3本の結節間路は再び心房中隔下方、心室中隔真上にある房室結節(atrioventricular node:④)で合流します。

房室結節は、ヒス束(His bundle:⑤)につながり、ヒス束は、心室中隔において左脚(left bundle branch:⑥)と右脚(right bundle branch:⑦)に分かれます。左脚は、さらに前枝と後枝に別れ、これら3本の枝は、さらに細かく樹枝状に枝分かれして心内膜下に広がって行きます。この樹枝状の特殊心筋がプルキンエ線維(Purkinje fiber:⑧)ですね。

プルキンエ線維は、心内膜下で心室筋につながっていて、電気的興奮を心室筋に伝え、左心室(left ventricle:LV)と右心室(right ventricle:RV)を興奮収縮させます」

田原先生「私が発見した特殊心筋からなる刺激伝導系と拍動を担当する固有心筋の共同作業によって、心臓は効率よくリズミカルに収縮と弛緩を繰り返しているのです。えっへん」

たくみ君「なるほど、刺激伝導系は、心臓の調律を保ち、心臓の収縮弛緩をコントロールしているんですね」

平手先生「その通りです。良くできました」

自動能とイオンチャンネルとはどんな仕組み?


たくみ君「先生、刺激伝導系の最初に戻って、刺激伝導のスタート地点、洞結節がリズムを作っている自動能とイオンチャンネルについて教えてください。我ながら、いい質問かも」

平手先生「いいでしょう。刺激伝導系は、心房や心室を構成する固有心筋と異なり、電気的興奮の発生や伝導において特有の性質を持つ特殊心筋によって構成されています。特殊心筋は、自発的に電気的興奮を起こす自動能を持っています。正常の心臓では、洞結節に集まる心筋細胞の自動能が最も早く、洞結節で発生した電気的興奮が、刺激伝導系によって心房、心室へと伝わり心拍動をコントロールしています。このため正常の調律は、洞調律になります。

さて、洞結節における電気的興奮の生成は、約-60mVまで分極した細胞内電位が、カルシウムチャンネルを通るカルシウムイオンの流入によって、0mV付近まで上昇する脱分極と呼ばれる現象に始まります。心筋細胞は、イオンの通路となるコネクソンを含む介在板で繋がっています。このおかげで、脱分極し電位が上昇した細胞から電位の低い隣接する細胞へ、陽イオンが移動し細胞内電位を上昇させます。

細胞内電位の上昇は、ナトリウムチャンネルやカルシウムチャンネルを活性化し、ナトリウムイオンやカルシウムイオンが細胞内に流入し、その細胞を脱分極させます。このように隣接する心筋細胞へ、次々と脱分極が伝わり、電気的興奮を誘発して行きます。この脱分極の伝搬が刺激伝導の正体です3)

美和さん「なるほど、洞結節に始まる刺激が、刺激伝導系を伝わりながら心房と心室を動かして、心室内の血液を体循環と肺循環に向けて押し出すわけですね」

平手先生「よくできました。今日は、刺激伝導系の解剖と生理について勉強できましたね。おっと、時間だ。次は手術室に行かなくちゃ。田原先生、今日はお付き合いいただいてありがとうございました。また、大分に伺いましたら国東半島の御生家を訪ねさせていただきますね。美和さんたくみ君、次回は、イオンチャンネルと脱分極や再分極の話をするから予習しておくように」



突然始まる平手先生のゼミナールは、嘘か本当か、面白そうです。どこかに興味を持ったり、疑問を感じたりしたら、是非自分で調べて見てください。あなたの勉強のきっかけになれば、大成功!内容の一部はフィクションであり、時代考証や発言の真偽は保証しませんよ(笑:平手)


引用、出典
1)Tawara S: Das Reitzleitungssystem des Saugetierherzens : Eine anatomisch histologische Studie uber das Atrioventrikularbundel und die Purkinjeschen Faden. Gustav Fischer, Jena. 1906
2)平手裕市:臨床工学技士のための心電図講座. Clinical Engineering 20:807 − 814, 2009
3)平手裕市:今さら誰にも聞けない!心電図波形ってどうやって読むの?. エマージェンシー・ケア 28 : 18 – 25, 2015 


キャラクターデザイン
石田大明