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【連載】治療の継続を安全に支える! 外来がん化学療法の看護

抗がん薬の曝露予防と対策

執筆 市川智里

国立がん研究センター東病院 看護部 がん看護専門看護師

2017 8 cancer

抗がん薬の曝露は、患者さんだけでなく医療者にとっても大きなリスクです。そのため、運搬・保管から廃棄するまで、抗がん薬を扱うすべての場面で注意が必要です。その業務を担うことの多い看護師は、曝露への対策をきちんと習得し、的確な判断と対処ができるようにしましょう。


曝露とは

 がん化学療法(以下、化学療法)に用いられる薬剤は、患者さんだけでなく医療者にも危険を及ぼすものが多く、Hazardous Drugs(HD)といわれています。米国国立労働安全衛生研究所(National Institute for Occupational Safety and Health :NIOSH)は、HDのことを「現状において職業上の曝露によって健康被害をもたらすことが知られている、もしくは疑われている薬品」と定義しており、①発がん性、②催奇形性またはほかの発生毒性、③生殖毒性、④低用量での臓器毒性、⑤遺伝毒性、⑥前記基準によって有害であると認定された既存の薬剤に類似した新薬、という①~⑥の項目のうち、1つ以上に該当するものとしています。ここには、抗がん薬だけでなく、抗ウイルス薬やホルモン誘導体、免疫抑制薬なども含まれます。

医療者への影響

 1970年代以降になると、HDを取り扱う医療者について、尿変異原性や遺伝子損傷、染色体異常などが報告されています。

 また、HDの職業性曝露による健康に及ぼす有害事象には、急性症状と長期的な影響があるとされています(表3-1)が、十分には明らかにされていないのが現状です。急性症状とは、短期的な影響として現れて曝露の回避により改善するもので、悪心・嘔吐、頭痛、めまい、脱毛、過敏症などがあります。一方、長期的な影響は、実証することは難しくなりますが、流産、先天性異常、不妊症、白血病、その他のがんのリスク増加が挙げられています。

HDの職業性曝露による有害な健康影響
日本がん看護学会,他編:HDの職業性曝露による健康への影響.がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン 2015年版.金原出版,2015,p.16.より引用一部改変

曝露の経路と機会

 HDの職業性曝露は、吸入や経口摂取、皮膚接触などを経路として起こることが知られています。HDの調整や投与を行う医療施設内では、安全キャビネットの前の床やテーブルの上、椅子とその肘置き、ベッドテーブル、外来診察室のカウンター、輸液ポンプの前面、輸液スタンドの下の床、外来化学療法中の患者さんが使用する便器の前の床、電話の受話器、電話台、エアコンのフィルターなどからHDが検出されたことが報告されています。また、HDは薬剤そのものだけでなく、投与された患者さんの尿や便などの排泄物、汗や血液などの体液にも含まれます。そのため、気づかないうちに曝露している可能性があります。

曝露予防の考え方

 曝露の予防を考えるとき、その実施については、個人の努力や責任と考えがちですが、そうではありません。組織全体で考え、行っていくことが重要です。その柱として、ヒエラルキーコントロールという概念を押さえておきましょう。

ヒエラルキーコントロール

 ヒエラルキーコントロールとは、職業上の危険性への曝露を排除または最小限にするためのリスクマネジメントの概念です(図3-1)。職業上における曝露の危険性をコントロールすることは、労働者を保護するための基本的な方法であるという考えに基づいています。下層よりも上層のほうがより効果的で、これらを組み合わせて対策をとることが有効です。また、医療者個人の努力ではなく、各施設が組織全体で取り組むことが必要とされています。
 このヒエラルキーコントロールを、がんの化学療法に当てはめて考えると次のようになります。

ヒエラルキーコントロール
日本がん看護学会,他編:HDの職業性曝露による健康への影響.がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン 2015年版.金原出版,2015,p.30.より作成

ⓐ危険物質の除去(elimination of the hazard)
 HDを使用しない、またはほかの薬剤に変更することは、最も効果が高い方法ですが、化学療法においては、そのような方法を取ることができないので、この方法は選択できません。

ⓑエンジニアリングコントロール(engineering controls)
 発生源で有害性を失わせるか、有害物から隔離することで曝露を減らす方法です。曝露源を封じ込めるということで、化学療法では、調製時に安全キャビネットやアイソレーターを用いたり、調製・投与時に閉鎖式薬物移送システム(closed system drug transfer devices : CSTD)を適切に使用することです。

ⓒ作業実践を含む組織管理的コントロール(administrative controls including work practice controls)
●組織管理的コントロール
 曝露対策のための安全プログラムの根幹となるもので、指針や手順の作成、周知、遵守、それらの評価を含みます。HDを取り扱う職員は、指針や手順についての教育・訓練を受けることが求められます。
●作業実践のコントロール
 組織管理的コントロールに従って、業務を適切に実施することです。HDの調製、運搬、保管、投与管理、廃棄、投与中・投与後の患者さんの排泄物や体液、リネン類の取り扱いにかかわる業務実践が正しく行われるよう、体制を整備することがこれにあたります。

ⓓ個人防護具(personal protective equipment :PPE)
 医療者1人ひとりを職業性曝露から守るもので、手袋・ガウン、マスク、保護メガネ(フェイスシールド、ゴーグル)などの防護具が含まれます。場面ごとに適切なPPEを選択し、適切な方法で着脱することが必要になります。

看護師に必要な曝露対策

 HDを扱う場合は、その行程で、場面ごとに対策のポイントがあります。

運搬・保管

 HDの運搬や保管は、薬剤の危険性を認識し、適切な取り扱い方法を習得した者が行うことが望ましいでしょう。HDは、落としても中身が壊れないよう、発泡スチロールやプラスチックなどの適切な容器に入れて運搬します。また、万一漏れてしまった場合に備えて、運搬容器の内側が吸収性素材のものを用います。さらに、調製済みのHDは、ほかの薬剤との識別ができるようにし、破損時に周囲に汚染が拡大しないようジッパー付きプラスチックバッグに入れて保管することが推奨されています。また、漏れた場合に備え、スピルキット(図3-2)や対処の手順を準備・整備しておくことが重要です。

抗がん薬曝露対策簡易スピルキット
CONVEX-SPL(日本医化器械製作所)●2017年7月18日発売予定(リニューアル製品)

*セット内容
保護対策:ガウン、キャップ、N95マスク、ゴーグル、グローブ×2双、シューズカバー×1双、バイオハザード袋(大)ガラス片・薬液の処理:ピンセット、吸水シート、吸水紙×10枚、ミニちりとり・ほうき、チャック付きバイオハザード袋

投与管理

[準 備]
 必要物品をそろえ、PPE(二重手袋、ガウン、保護メガネ[フェイスシールド/ゴーグル]、マスク)を装着します(図3-3)。手袋は、抗がん薬耐性試験済み、またはASTM規格に準じ、パウダーフリーのものを準備します。手袋のパウダーが、汚染物質を吸収・分散させ、表面汚染が増大する可能性があるためです。また、ガウンも手袋と同様に、抗がん薬耐性試験済み、またはASTM規格に準じ、糸くずが出ず、低浸透性の繊維製(ポリエチレンでコートされたポリプロピレン素材、ポリエチレン製またはポリビニル製)で、長袖、後ろ開き(前が閉じており袖口がしばってある)のものを選択することが推奨されています。
※世界最大規模の標準化団体である米国試験材料協会が策定・発行する規格で、わが国のJIS(日本工業規格)に相当する

個人防護具装着例

[投 与]
 投与におけるすべての作業は、目の高さよりも低い位置で実施・管理します。投与前の輸液バッグへのビン針の刺入、プライミング(チューブ内に薬液を満たすなど投与前の準備)には注意が必要です。プライミングは、HD輸液バッグで行うと曝露のリスクが高まるため、HD以外の輸液で実施することが推奨されています。その場合、CSTDを用いて実施するのが最適ですが、用いることができない場合には、曝露予防としてHDの調製前にプライミングを実施する、またはバックプライミング(図3-4)を実施します。CSTDの場合も、各製品によって使用方法が異なるため、十分に確認してから使用する必要があります。
 
 HDを接続する際にも十分な注意が必要です。CSTDを用いる場合は、製品に応じた方法で実施し、用いない場合はHDの調製前にプライミングし、輸液チューブを側管からメインルートに接続して投与を開始します。

 バッグの交換時に、CSTDを用いない場合、複数のルアーロックの接続部を準備し、1つのHDにつき1つの輸液セットを用います。終了した輸液チューブは外さずに、接続時と同様にほかの接続部からHD輸液チューブを接続して投与します。1つのHDにつき1つの輸液チューブが使用できない場合は、ビン針の刺入を目の高さよりも下で実施するよう特に注意しましょう。


図3-4 バックプライミング

このバックプライミングの方法は、CSTD投与システムを使用せずにHD静脈内投与を行う場合のHDの飛散や漏出を最小限にするものである。メインルートの生理食塩水等により、HD輸液バッグの接続された側管ルートをプライミングする。側管ルートからみれば、輸液チューブの先端側から輸液バッグ側にプライミングされるものであり、通常のプライミングとは逆方向になる仕組みである。

開始前
❶HD輸液バッグに接続された輸液チューブはプライミングしていない状態で、生理食塩水等のメインルートとルアーロックで接続されている。

バックプライミング中
❷HD輸液バッグを生理食塩水等のメインバッグより低くし、HD輸液バッグ側の輸液チューブに生理食塩水等を流す。このとき、輸液チューブ内のエアーがHD輸液バッグ内に移動し気泡が生じるのを避けるため、ゆっくり注入する。

バックプライミング終了
❸バックプライミングが終了したら、滴下開始。

日本がん看護学会,他編:投与管理時の曝露対策.がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン 2015年版.金原出版,2015,p. 59. より引用一部改変


[廃 棄]
  HDの投与が終了したら、輸液バッグとチューブは、ビン針や接続部は外さずにすべてそのままジッパー付きプラスチックバッグに入れて密封し、専用の廃棄容器に廃棄します。個人防護具も再利用せず、プラスチックバッグに入れてHD専用の廃棄容器に廃棄します(図3-5)。

 実施者の手洗いは、汚染を揮発させる可能性があるためアルコールベースの手指消毒薬は使用せずに、流水と石けんで行います。

廃棄の方法

曝露発生時の対策とポイント

 HDがこぼれるなどして曝露が発生した場合は、あわてずに汚染区域がそれ以上拡大しないようにすることが重要です。

 まずは、処理の担当者を決め、スピルキットからPPEを取り出して装着します。ほかの人は近づかないようにします。その後、吸水シートを用いて、汚染の少ないほうから多いほうに向かってこぼれたHDを拭き取ります。その後、こぼれた区域を中性洗剤で洗浄し、水ですすぎます。これを数回繰り返します。
 
 拭き取りや洗浄に使用したシートやPPEは廃棄物処理バッグ(バイオハザード袋)に入れて密封してから、専用の廃棄容器に廃棄します。その後は、流水と石けんで十分に手を洗います。そのうえで、通常の清掃を実施します。


[参考文献]
● 日本がん看護学会,他編:がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン 2015年版.金原出版,2015.
● 日本がん看護学会,監:見てわかる がん薬物療法における曝露対策. 医学書院,2016.
● Polovick M:Safe handling of hazardous drugs 2nd ed,,Oncology Nursing Society.2011.

(ナース専科マガジン2017年8月号より転載)

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