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【連載】臨床で使える精神科看護

精神看護学実習から患者ケアの手掛かりを探ろう

執筆 荻野夏子

東海大学健康科学部看護学科 講師

Seisinkango

看護実習経験にある臨床ケアのヒント

日本では、社会生活の中で精神障がいをもつ人と触れ合うことは、大変まれです。そのため、そういう相手とどのようにかかわればよいか、経験が乏しく、具体的に想像することも難しく、戸惑うときもあるでしょう。しかし看護師であれば、カリキュラムに多少の違いはあっても、だれもが精神科での看護実習を経験しているはずです。実習を振り返ると、当時の新鮮な経験や新たな発見、たくさんの学びとして得たことが思い出されるのではないでしょうか。

 臨床現場で、精神科疾患をもつ患者さんへの援助スキルを考える場合は、精神看護学実習での経験を土台にして、基本的なことから発展させていきましょう。

 また、これから実習を体験するという看護学生の皆さんも、精神科での実習にはどのようなポイントがあるのか、少しのぞいてみてください。

より人間関係を重視した看護実習からの学び

 精神看護学実習では、患者さんとの出会いから、関係性を発展させ、信頼関係を築き、それを基盤とした看護実践が重要になります。つまり、患者さんと良好な関係を築くことから、精神看護学実習は始まるのです。しかし患者さんは、言葉や意欲が乏しかったり、対人的なスキルが低かったり、精神症状が影響したりするため、関係性を築くこと自体が難しいと感じる学生が多くいます。患者さんの多くは、対人場面でストレスフルな体験を重ねています。一般の人でも、挫折体験をしていれば、それだけで対人場面に慎重になるものです。しかし患者さんは、そのうえ精神疾患をもっているのです。

 そういった患者さんの状況を理解しながら、関係づくりをすることで、学生はさまざまな学びを得ています。
精神看護学実習の最終レポートなどで、学生がよく挙げる学びの表現をいくつか紹介します。ここには、精神疾患をもつ患者さんとのかかわり方の基本があります。参考にしてみてください。

【実習で得た学び 1】
精神疾患患者さんというより「〇〇さん」と個人としてとらえることが大切
 患者さんと初めて会ったとき、先に得たカルテ情報から「統合失調症の慢性期の患者さん」と捉えて、勉強してきた疾患・症状に当てはまる徴候を必死に探してしまうことがあります。当てはまる徴候をみつけて安心するだけでは、患者さんと信頼関係を築くことは難しいものです。患者さんからみても、このような姿勢では自分に向き合っているとは映らないことでしょう。

 まず患者さんの「成育歴」「家族背景」「現病歴」などの個人的な歴史を知ることは大変重要です。それが患者さんの行動や判断の基盤になっているからです。自己主張ができない患者さんの「できない理由」が、成育歴から推測できるかもしれません。情報を整理して得た推測(=仮説)を手掛かりにすることで、患者さんの内面に近づくコミュニケーションの工夫も可能になります。個人的な背景を知り受け止めたうえで「○○さんは~の背景があって、このように感じているのだ」と個別性を強く意識すると患者さんとの関係性が深く構築できます。

【実習で得た学び 2】
精神疾患患者さんへの恐怖や偏見に気がついた
 精神疾患への偏見は、知らない間に人のこころに住み着き、無意識に人間関係に影響を及ぼします。偏見や恐怖をもっていると、普通に黙っている患者さんに対し、怒っているかのように感じられたり、攻撃してくるのではないかと怖くなったりします。精神疾患に対する自分のこころの傾向、特に偏見に気がつくことはとても大切です。

【実習で得た学び 3】
患者さんの特徴を捉え、個別性に合わせたかかわりを工夫した
 精神疾患をもっていると、陰性症状から言葉や意欲が乏しくなったり、感情的な面が語らいにくくなるなどします。それらの症状は生活のあらゆる面に影響を与えることになります。そのため、患者さんなりの生活スタイルやペースを知り、患者さんの特徴に合わせる工夫が求められます。患者さんのスタイルに合わせられるようになると、援助がとてもスムースになります。

【実習で得た学び 4】
感情や体験を共有し、人間関係の土台を築くことができた
 精神科の実習では、散歩をしたり買い物に同行したり、作業療法をご一緒したりします。テーブルゲームを一緒に楽しむといった活動を体験する場合もあります。患者さんの身近にいて共通の体験をすることは、感情的な体験をダイレクトに共有することになり、患者さんとの人間関係の土台を築くことができます。患者さんのやさしさや気遣いに触れ、患者さんの健康的な面を知る一方で、患者さん自身も学生の気持ちに触れることができ、健康的な感情の交流を体験できます。

精神看護に有用な理論やツールをうまく用いること

 看護の学習や実践を促進するために、多くの理論やツールが開発されています。ほかの看護学の実習と同様に、精神看護学にもさまざまな考え方があり、実習で用いられる理論やツールは学校や教員によって異なります。ここでは精神看護で用いられる特徴的な理論やツールを紹介しておきます。

セルフケア理論(オレム-アンダーウッド理論)

 オレムによるセルフケア理論では、だれが行う自分自身へのケアに注目し、それをセルフケアと呼んでいます。そもそも、だれもが自分の健康や生活行動の主体者です。しかし病気や病弱、あるいはライフステージによって、自分自身では必要なセルフケアを満たせない場合があり、看護師等が必要な援助を行います。慢性疾患患者さんのその人らしい生活を支えるという目的に沿った理論・ツールです。

 精神看護学実習では、セルフケアの内容をさらに精神科患者さんに合わせて改変された「アンダーウッド版」が用いられることがあります。

全体像

 患者さんの情報をまとめ、全体像として描き、理解しようとする方法です。患者さんの生活状況や言動などの情報に加え、精神症状の整理に用いることができ、患者像の理解に役に立つツールです。【実習で得た学び】のなかで挙げた「患者さんの成育歴や家族歴」などの重要な情報を生かすことができます。情報のつながりを探るうちに新たな疑問が生じるなど、実習を通じて全体像が発展し、看護実践が深まる効果があります。

KOMIチャート

 ナイチンゲール理論を基盤として発展したKOMIチャートも、たびたび精神看護学実習で用いられています。KOMIケアの視点から情報収集した項目を活用することで、患者さんの健康的な側面を含めた全体像を理解することができます。(詳細はhttps://nursepress.jp/223267参照)

プロセスレコード

 精神看護では、看護師は、ケアのなかで精神疾患をもつ患者さんの回復や成長に寄与する治療的な人間関係を提供するのですが、治療的な側面については、看護師が無自覚のままで提供できるものではありません。患者さんと看護師の間のさまざまな相互作用を自覚し、活用する力が求められます。

 プロセスレコードは、看護師のトレーニングツールとして開発されました。「患者の言動」「自分の思ったこと、考えたこと」「自分の言動」など、場面を整理しながら書き出し、振り返ることで、場面の理解・自己理解を深めることを目的としています。

「精神看護の母」と呼ばれる看護理論家、ペプロウは有名な著書である『人間関係の看護論』の中で「観察とコミュニケーションと記録は、人間関係の場面で互いに密接に絡み合っている行為であり、それらを通して、看護婦は患者との接触のなかに何が起こっているかを研究することができる」と述べています。「観察」「コミュニケーション」「記録」の3つの要素をもつプロセスレコードは、看護師が患者さんとの相互作用を研究するための有用なツールです。日本では、看護基礎教育で用いられることの多いものですが、より幅広い活用も可能ではないかと考えられます。

ストレングスモデル

 ストレングスモデルは、患者さんの強み(ストレングス)に注目して支援するモデルです。多くの実習で体験する問題解決モデルは、患者さんの「問題」を探すこと、そして介入して解決することに注力しています。しかし、患者さんの健康的な面、患者さんの思い描く将来像や生活スタイルを共有することができれば、より幅広くより具体的なサポートが可能になります。

 ストレングスモデルは、患者さんの主体性を尊重したうえで、そのサポート役である医療福祉職が連携することのできるモデルとして注目されています。例えば、実習で学生が「おしゃれな気持ちをずっともっていて、好きな服を買いに行きたいと願っている○○さん」と、その人のストレングスを共有できると、「買い物に行くための1ステップとして院内散歩に行く」など、現実的なスモールステップを積み重ねていくことができます。ストレングスを意識したケアを患者さんと共有し、一緒に努力していくことができるようになります。

現在の実践に精神看護学実習の経験を生かす視点

 今回は、精神看護学実習で学習する内容と学びを整理してきました。実習は、患者さんと学生がそれぞれに出会い、かかわりあい、唯一無二の経験ができる場です。実習時にはつらい経験もあったかもしれません。しかし振り返れば、学校や精神看護学実習で学び得た経験やスキルが、皆さんのなかに眠っているのではないでしょうか。

 臨床では、実習のときのように1対1の時間をたっぷりとることは難しいですが、患者さんについて「○○さんはどんな人なのだろう?」「疾患や障害はどの程度だろう?」「どんな成育歴や背景があるのだろう?」「セルフケアやストレングスはどうなっているのか?」と考えてみてください。それが、精神的な問題を抱える患者さんへのアプローチの手掛かりになっていくのです。


参考文献
金井一薫:【連載】看護学原論に立ち戻って考える!KOMIケアで学ぶ看護の観察と看護記録 第10回 KOMIケアを実践しよう―①「持てる力」を観察する方法とは―:https://nursepress.jp/2232 67(最終閲覧 2018年6月29日)
Hildegard E. Peplau 原著,稲田八重子,他訳:ペプロウ 人間関係の看護論,医学書院,p.325,1973.