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【連載】看護の気づき

第1回 提案! 専門職としての魅力「看護の3K」

解説 徳永惠子

宮城大学名誉教授、セイエイ・エル・サンテ ホールディング株式会社

Kango kiduki

従来の3Kから新しい3Kへ

 看護師になってしばらくして、がっかりしたことの一つが「看護の3K」です。

 とかく、看護の仕事は3K「きつい・汚い・危険」といわれて敬遠されるのでしょうか? 最近は、なんと3Kにとどまらず、9Kあるいはそれ以上といわれることもあるのだとか。

 こんな3Kで看護がイメージされるならば、看護を職業として頑張っている気分がそがれてしまうでしょう。

 私は世間から看護がそう思われているとしたら、そして何よりも看護師自身がその言葉を否定しないでいることがあってはならないと思いますし、残念でなりません。

 そこで、私がこれまでの経験から日頃抱いている看護という専門職の魅力として看護の3Kを提案します。

 それは、「感動・感謝・貢献」の3Kです!
 「看護の仕事はこの3つで説明できる!」と私は思っています。この新しい3Kの視点から、今一度、看護について考えてみませんか?

感動って?

 看護において、感動する場面はたくさんあります。例えば、赤ちゃんが生まれるとき、瀕死の患者さんが奇跡的な回復をみせるとき……、私は人の生命力の強さにいつも感動しています。

 とはいえ、看護では生の喜びだけではなく、死という哀しみにも出逢います。でも、最期まで自分らしく生きぬいた患者さんの姿にも感動が得られることがあるのではないでしょうか。

 そうした人の生死にかかわることだけではなく、ちょっとした患者さんの変化やコミュニケーションを通して感動する気づきもあるはずです。

感謝って?

 看護をしていると、患者さんや家族から感謝されることが多くあります。私は、特にストーマケアを通して、患者さんからたくさんの「ありがとう」をもらいました。

 「ありがとう」と言われることは、それだけ患者さんの身体や心理状態が良くなっていることでもあり、私自身も喜びを感じてきました。でも、実は専門職として当たり前のことをしているだけのこと。それなのに感謝してもらえる。こんなに人から感謝される仕事って少ないのではないでしょうか。

 外来で「もう今日が最後かもしれない。本当にありがとうございました」と、高齢の患者さんから言われたときなど、本当に感謝すべきは私であることに気づかされます。
患者さんに感謝したいエピソードはたくさんあるのではないでしょうか?

貢献って?

 人の幸せの源は、どんな健康状態であってもその人らしく生きる生活です。それを支えるのも看護の仕事。だからこそ、生から死までという人の生涯を通して、そして、世界を通して看護のニーズがあります。看護の役割そのものが人々に直接貢献できる仕事なのです。

新しい3Kに気づくために

 日々の看護のなかに、感動・感謝・貢献の3つのKがたくさんつまっています。このことにぜひ気づいてほしい! 振り返れば、この3つのKを呼び起こす患者さんとのエピソードが必ずあるはずです。もしかしたら、無意識にそんな患者さんのことを思い出して、元気をもらっていることもあるかもしれません。

 でも、自分の感性が鈍ってしまっている状態だと、「看護の3K」に気づくのは難しいかもしれません。自分の感性を高めて持続させましょう。

 そのために大切なのは、日頃から、自分の五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)を喜ばせてあげること。そうすることで、感動の閾値が下がり、日常にあふれている素晴らしい‶ちょっとした現象″に気づきやすくなるのです。

五感を喜ばそう!

 五感を喜ばすのはそう難しいことではありません。「おいしいものを食べておいしい!」「きれいなものをみてきれい!」と自分が感動できることをすればいいだけです。

 ただし、そのための対価を惜しんではいけません。何も贅沢しろというのではなくて、ここぞというときに無理のない範囲で自分に投資することが大切です。専門家として必要な自分の感性に投資してください。看護師はお金を貯めこんでいるだけではダメです(笑)。

 私は、おいしいものを食べるのが大好き。若いころは、学生時代のくいしん坊の友人3人で「おいしいものを食べる会」と称して、月に1回、食事会を楽しんでいました。当時、給料が十数万という生活の中、1万円ぐらいのフルコースや身分不相応なレストランに食べに行くのです。食べたあとは、友人たちと「おいしかったね、明日からまた頑張ろう!」とリフレッシュしました。

 こうした経験をするたびに、食事内容と共にマナーも学ぶことができました。今の歳になって、自分の心を豊かにするための投資としておいしい食事は間違っていない! そう思います。

幸せになる努力をしよう!

 五感を喜ばすことで心が豊かになる――それは自分自身が幸せを感じることにもつながります。私は、自分自身が幸せだと感じていないと、よいケアはできないと思っています。

 かのフローレンス・ナイチンゲールも大切に育てられた貴族のお嬢様でした。といっても、恵まれた人しか看護師になってはいけないと言っているのではありません。

 フローレンス・ナイチンゲールは、「看護覚書」のなかでこう記しています。「看護師になる人は、経験することができない人の痛みを理解できる感性を持っていなければ、看護師になる資格はない」と。私もそう思います。

 もし自分が生きているだけでいっぱいいっぱいで、心に余裕がなかったら、人の痛みがわかるでしょうか。患者さんの立場で考えても、時間に追われて余裕のないふるまいをしている看護師に、自分の悩みごとを相談したりケアしてほしくありません。

 看護はまさに感性を必要とする仕事。その感性を曇らせないためには、自分が幸せになる努力をしなければならないと思います。

時には看護師自身のレスパイトケアも大切!

 心身が疲れきってしまうと、感性は鈍くなるものです。まさにケアが必要な状態です。患者さんのケアよりも、仕事仲間の言動で精神的に疲れてしまうということもあるでしょう。

 ストレスを感じない打たれ強い人が周りにいませんか。その人たちの中には、感性が鈍麻状態であったり、自分中心に振る舞っているため、ストレスを感じていないという人たちがいます。実はこういった打たれ強い人こそ、周りにストレスを与えていると私は日頃感じています。そんな人に憧れないでください。
 
 在宅介護において、介護者が介護からいったん離れて心身を休めるレスパイトケアがあります。看護師にも、時にはレスパイトケアが必要だと思うのです。打たれ強い人になるのではなく、ストレスを感じる感性を持つ自分のために休憩時間を取りましょう。

 前述したように、感動する自分の感受性を磨くことでもよいでしょう。趣味に夢中になったり、看護とは関係のない勉強をしてみてもいいかもしれません。

看護を語ることができますか?

 頑張って勉強して看護師になったのに、1年くらいでやめてしまう人もいます。結婚や子育てを機に看護職をやめて、そのまま「看護は大変だからもういいや」と復職しない人もいます。

 看護を「きつい・汚い・危険」の3Kだと思ったまま、看護師をやめてしまうのは本当にもったいない。私たち看護師にとっても、患者さんにとっても貴重な人材の損失です。そうならないためには、看護師自身が「看護は『きつい・汚い・危険』の3Kの仕事じゃない!実は感動・感謝・そして人びとの幸せに貢献できる仕事」といえるような文化にしなくてはならないと私は思います。

 では、看護の仕事とは何なのか。もし、「看護ってどんな仕事なの?」と聞かれたら、語ることができますか?

 次回は看護を語ることについて、そして看護の役割について、あらためて考えてみたいと思います。

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