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【連載】看護の気づき

第2回 看護を語るということ

解説 徳永惠子

宮城大学名誉教授、セイエイ・エル・サンテ ホールディング株式会社

Kango kiduki

誰でも看護の仕事をわかっている?

看護を語ることができますか?

 前回はこんな問いかけで終わりました。

 私がなぜ看護を語ることが重要だと思うのか――それは、私自身が米国のジャーナリスト、スザンヌ・ゴードン氏から気づきを得たからです。彼女は看護師ではありませんが、看護の専門的な役割と人々の健康にどのように貢献しているのかを理解し、看護師がもっと自分の役割を人々に理解してもらえるように「看護を語りなさい」と強く呼びかけてくれました。そもそも私たち多くの看護師や看護学生が、「看護は誰でも知っている仕事」「患者さんはわかってくれている」と勝手に思い込み、看護を語る必要性を感じていないのではないでしょうか。

 スザンヌ・ゴードン氏の著書「困難に立ち向かう看護」に、こんなエピソードがあります。

 ゴードンさんの友人の母親が緊急手術を受けたときの逸話です。術後、ベッドにいる母親が看護師と安心した表情で楽しそうに会話していたのを見ました。友人は母親に、看護師となにを話していたのかを訪ねると、患者である母親自身が発したのは「看護師さんはとっても親切な人ね」という言葉でした。しかし、そのときの看護師は手術後のバイタルサインを見極め、身体的にも精神的にも患者さん自身が安定した術後の経過にあることを話しながら素早く情報収集していたはずです。

 このいきさつについて、スザンヌ・ゴードン氏は次のように記しています。
 
「母親には、看護師は大して重要ではない世間話をする優しい人と映ったらしく、自分たちのしていることや、患者からどんな情報を聞き出さなければならないか、患者の話をどう解釈すればいいのか、患者が回復する際に今していることがどんな意味を持つのかをきちんと理解し、臨床の場で高度な訓練を受けているとは思ってもみなかったようだ」1)

 またスザンヌ・ゴードン氏は、人々が持つ看護職のイメージについて、‶白衣の天使″が象徴するように「看護師の仕事は生死にかかわる問題を扱うのではなく、TLC*(優しく思いやりのある世話)をすること」1)、親切で優しさを備えれば誰でもやれる仕事とイメージされていることを記述しています。

*TLC: Tender Loving Care

看護師はただのやさしい人!?

 スザンヌ・ゴードン氏は私たちに、私たちがケアを任された患者さんの命のキャスティングボードを握る医療職であるにもかかわらず、人々には「看護師がただのやさしい人だと思われていることに気づきなさい」と強調しています。ベッドサイドで患者さんの生命を24時間見守り預かる――その役割を担う医療職は看護師であることに改めて気づくこと。これは、とても重要なことだと思います。

 ほほえみ優しく接する看護師は、実は患者さんに不安を与えないように、治療上の不利益が起こらないように、あるいは早期の回復を支援するために看護というアンテナをたて鋭敏に対応しています。例えば患者さんの手を握っていても、脈や冷汗の有無など、アセスメントを行っていることは知る由もありません。患者さんの中で看護師の一番のイメージとして「優しく接してくれる人」が挙げられるような専門職ではないはずです。24時間、ベッドサイドで患者さんを見守る。すなわち生命のキャスティングボードを握る医療職――その役割をもつのは、医療職では看護師だけです。

 また、前回も書きましたが、世間には看護の仕事に対して「3K(きつい・汚い・危険)」というイメージもあります。そうしたイメージが定着してしまったのは、看護師自身が看護について黙して語ってこなかったから。つまり、「看護の怠慢」だと私は思っています。

 看護師が自ら自分の役割をわかりやすく語らなければ、看護師が高度な知識と技術を備えたプロフェショナルだということは、永遠に理解されません。病に苦しむときに、最も身近で支えるケアが期待できる専門家が看護師であることをわかってもらえなければ、患者さんも家族もリソースパーソンとして看護師の専門的支援にアクセスすることができないでしょう。看護師は、自分の専門的な役割を最も必要としている患者さんとその家族に活用される努力をする必要性に気づきましょう。

看護の専門性について伝えていくことが大切

 私たち看護師は、一般の人に看護とはどういう仕事なのかをわかりやすく説明できるようにしましょう。看護は人々のケアを通して‶感動・感謝・貢献の3K″が得られ、こちらが感謝したいほどの仕事なんだということを伝えてほしいと思います。

 看護学生であっても、「看護の勉強を説明するのは手間がかかるから、説明していないし、関心ももたれない」ではなくて、他の学部の学生に看護学では何を学び、将来どのような専門的役割がある仕事なのかを説明できること。説明できるような指導が必要でしょう。看護実習でも、受け持ち患者さんと話すときに、将来どんな看護師になりたいのかなど、看護を語る機会はあるはずです。そして、そのことは決して患者さんにとって聞きたくない話ではなく、よりよいケアを受けるためのヒントになるはずです。

 看護の専門性についての理解を推進することは、職場の他の医療職に対してもいえることです。チーム医療を推進するならば、仕事仲間にも改めて看護の役割をきちんと理解がなされているのかを確認する必要があります。チーム医療とは、それぞれの専門家がその専門性を十分に発揮しして患者さんの健康問題解決を目指すチームです。であるならば、チームメンバーの専門性は互いに理解し専門性を尊敬する文化が必要です。医者がいつも威張っていたり、看護をリスペクトしない施設でチーム医療はなりたちません。

 例えば、看護師の特定行為は当初、日本医師会から猛反対を受けました。医師からそうした反対を受けるのは、看護師がその役割を最も身近で働く医師にさえ認識されていないということです。

 以前、看護という仕事は医師にどのよう認識されていたのかを自ら経験する機会がありました。ETナースの研修を受けて帰国したとき、術前からのごく基本的なストーマケア支援で、術後のQOLがETナースの支援がないときと比較して画期的に変化したのです。ストーマ手術をしても、前向きに社会復帰を考えセルフケアにと取り組む患者を診て医師は、「看護ってすごいね。患者の人生感まで変える専門家なんだね」と、感心されたのですが、改めて当たり前の看護の役割が医師には理解されていないことを知り驚きました。看護の役割は患者さんをとおして可視化することができます。WOC看護は患者さんを通して医師に看護の専門的役割を明確に示した看護分野といえるでしょう。

看護師の重要な役割は3つ

 そこであらためて考えたいのが、看護師の役割です。教員時代、ある大学院生が「自分の勤務している病院で、先生と呼ばれないのは看護師だけです」と言ったことが、今でも忘れられません。

 たしかに、医師はもちろん、薬剤師、理学療法士、作業療法士、栄養士は、患者さんから先生と呼ばれます。それは、専門的な知識と技術をもって患者さんに教育・指導する役割を持つ専門家ということが、可視化されているからでしょう。

 もちろん、私は看護師が患者さんから先生と呼ばれる必要はないと思っています。しかしながら、看護師も患者さんに教育・指導を行っています。教育・指導は看護師の重要な役割であるにもかかわらず、入院期間の短縮や管理的な業務に追われて患者さんにはその役割が十分伝わっていないのかもしれません。

 次回は看護の役割として、この教育・指導の他に、アドボカシー、セルフケア支援の3つに焦点を当て、わかりやすくお伝えしたい思います。


【引用・参考文献】
1)スザンヌ ゴードン:困難に立ち向かう看護―看護師と患者を傷つけるコスト削減、メディアの無知、医学の傲慢. 勝原裕美子, 監. 阿部里美, 翻訳. エルゼビア・ジャパン, 2006.
2)バーニス・ブレッシュ, スザンヌ・ゴードン:沈黙から発言へ―ナースが知っていること、公衆に伝えるべきこと. 早野真佐子, 翻訳. 日本看護協会出版会, 2002.

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