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【連載】看護の力で全人的痛みを緩和する! ~がん患者の緩和ケア~

事例3:呼吸器症状への緩和ケア

  • 公開日: 2019/2/12

事例詳細

【事例3 退院による医療者不在の不安から呼吸困難を生じたCさん】
<患者情報>
・Cさん、80歳代、男性
・ 60歳代まで職人として働いており、性格は頑固
・既往歴は高血圧症
・家族構成:妻と2人暮らし、退院を機に娘が介護のため同居

<経過>
1)入院前から入院時の状況
 入院3カ月前より乾性咳嗽が続き、近医を受診したところ肺がんの診断を受け、F病院に治療のため入院となりました。F病院で肺がんⅣa期と診断され、治療のため抗がん薬療法を受けましたが、副作用が強く、またがん性リンパ管症を併発したため、ベストサポーティブケア(best supportive care:BSC)へ移行となりました。

 BSCへの移行時はPS(performance status)3であり、予後は短い状態と考えられていました。呼吸不全*1に対し、オピオイドやコルチコステロイドによる薬物療法と酸素療法が実施され、労作時の呼吸困難*2はありましたが緩和傾向だったため、Cさんの希望もあって在宅療養となりました。

 Cさんの娘は、呼吸困難が出現したときの対応を習得しておらず、不安を抱えたままでの在宅移行でした。何かあれば病院へ戻るとの条件で、訪問看護を導入しましたが、訪問診療の導入には至りませんでした。

*1 呼吸不全:呼吸機能障害のため動脈血ガス(特にO₂とCO₂)が異常値を示し、そのために正常な機能を営むことができない状態。定義上、動脈血酸素分圧(PaO₂)≦60Torrの状態を示す。
*2 呼吸困難:呼吸時の不快な感覚という主観的な体験。

2)退院後の状況
 退院初日は、呼吸困難が強い状態でした。医師の指示により、レスキュードーズの使用や酸素量の増量を試みましたが、呼吸困難のなかでのレスキュードーズの内服は困難でした。座薬についても説明しましたが、パニック状態にあるCさんは座薬の使用を拒否しました。また、酸素流量増量の指示がありましたが、マスクは圧迫感があるため使用困難でした。そこで、まずCさんの呼吸困難の状態をアセスメントすることにしました。

 リラクゼーションマッサージ、口すぼめ呼吸の促し、呼吸のペーシングによって呼吸困難は軽減していきました。このことから、Cさんの呼吸困難には呼吸不全以外のものが含まれていることが推測されました。また呼吸困難時には家族の表情も曇り、「病院に行ったほうがいいんじゃないですか」という発言が聞かれました。このことから症状が出現すると家族の不安も強くなることが考えられました。


患者アセスメント

 呼吸困難の評価としては、患者自身による評価が重視されており、1)量(どのくらい息苦しいか)、2)質(どんな息苦しさか)、3)生活への影響(日常生活動作にどのような影響や支障があるか)をアセスメントします。もし自己評価が困難な状況であれば、第三者による代理評価を行います。

 STAS(support team assessmentschedule)は、ホスピス・緩和ケアにおける評価尺度の1つです。主要項目として、①症状のコントロール、②症状が患者に及ぼす影響、③患者の不安、④家族の不安、⑤患者の病状認識、⑥家族の病状認識、⑦患者と家族のコミュニケーション、⑧医療専門職間のコミュニケーション、⑨患者・家族に対する医療専門職とのコミュニケーションの9項目からなる5段階のリッカート尺度*3です。医療専門職による「他者評価」()により、患者に負担を与えることなく症状の評価ができます。今回、呼吸困難のため自分の症状を伝えづらかったCさんの状態をSTASの主要項目に沿って評価すると、次のようになりました(評価方法は、STAS-J参照1))。

表 他者評価(STAS-J「症状が患者に及ぼす影響」の評価項目)
STAS-J
STASワーキンググループ編:STAS-J(STAS日本語版)スコアリングマニュアル-緩和ケアにおけるクリニカル・オーディットのために- 第3版.日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団,2007 p.30より作成.

 ここから、Cさんの呼吸困難の状態は、耐えられない呼吸困難症状のため、ほかのことを考えることができない状態となります。しかし、退院当日で患者の不安は聞き出せておらず、患者と家族のコミュニケーションの状態も不明のままでした。また、信頼関係のできていない状態での訪問看護師とのコミュニケーションも難しい状態であったと考えます。

*3 リッカート尺度:アンケートなどで使われる心理検査的回答尺度の一種。回答者の設問に対する主観的評価の度合いを知ることができる。

■課題・問題点の抽出

1 がん末期患者の呼吸困難の症状コントロール
2 家族のコーピング*4方法の指導

*4 コーピング:ストレスに対応することを目的とした行動や考え方。

課題・問題点への対応

1. がん末期患者の呼吸困難の症状コントロール

 Cさんは症状を訴えられない状態だったため、症状が落ち着いてから、呼吸困難が何から増強しているのか尋ねてみました。すると「帰ってきたら、急に息が苦しくなって。どうしたらいいかわからなくなって。婆さんも娘も何もできん」と話しました。ここから、Cさん自身でできる症状コントロールの必要性とともに、医療者がそばにいないことに対する不安が抽出されました。

 スタッフ間で話し合い、訪問時間の連絡を行い、訪問30分前のレスキュードーズ使用の声かけを行っていきました。同時に動作前のレスキュードーズの使用方法も説明し、症状の自己コントロールが行えるように促していきました。また、訪問は1日2回(朝と夕方)行い、24時間対応を可能にすることで、医療者がそばにいない不安の軽減に努めました。スタッフ訪問時は、口すぼめ呼吸の指導と同時に呼吸のペーシングを行い、背部のリラクゼーションマッサージや清潔ケアを行いながらCさんの話を傾聴していきました。

 結果、訪問は1日1回に減り、Cさんの表情も穏やかになりました。また、訪問するスタッフにあだ名をつけて呼んでくれるような信頼関係を築くことができました。夜間の連絡もありませんでした。Cさんは「家で死にたいんだよ」と言い、本当の思いを聞かせてくれました。

 呼吸困難に対する支援では、原因に応じた対応が優先されます2)。ただし、がんの終末期には治療不応性であり病状の進行が不可逆的であることが多いため、対症療法が重要な役割をもつといわれます3)

 「がん患者の呼吸器症状の緩和に関するガイドライン」では、酸素投与とオピオイドの全身投与を検討することが推奨され、呼吸困難の効果的な緩和のためには、非薬物療法を併用する必要があると述べられています。しかし現段階では、看護ケアなどの非薬物療法のエビデンスは不十分とされています4)

 とはいえ、呼吸困難へのアセスメントを行い、考えられる要因を可能な限り分析し、患者に寄り添う看護ケアを行うことによって、患者の自立を促すことができ、抱える不安を緩和することができます。それは、限られた人生のなかで患者が残された時間を穏やかに過ごすことにつながると考えます。

2.家族へのコーピング方法の指導

 事例では、家族から「病院に行ったほうがいいんじゃないですか」という言葉が聞かれています。この発言の理由を家族に尋ねても、漠然とした不安が強いばかりで、何が不安であるかを聞き出すことは難しい状態でした。

 症状は、患者自身のQOLと密接に関連していますが、家族のQOLにも深く関連していることが明らかにされています。また、患者の症状が強い場合には、家族の抑うつが強くなることも報告されています。病状の悪化に伴うつらい症状や薬の副作用などで、患者が家族に感情をぶつけ、これまでと違う行動をとるようになると、家族はそれを病気の影響であると頭では理解していても、患者のそばにいることがつらくなり、強いストレスとなります。また、患者の苦痛をわがことのように感じてしまう場合も多くあります5)

 今回、Cさんの家族は、「何かあれば入院する」という条件の下に、呼吸困難が出現したときの対応を習得しない不安な状態のまま帰宅しました。また、Cさんの「婆さんも娘も何もできん」という言葉は、家族にとってはつらく、強いストレスになったのではないかと想像できました。

 そこで家族には、Cさんの症状をコントロールする方法を指導していくこととしました。Cさんとともにレスキュードーズの使用方法を説明し、口すぼめ呼吸や呼吸のペーシング方法、背部のリラクゼーション方法を一緒に行っていきました。

 その結果、看護師がCさんの家に電話をすると家族より「薬を30分前に飲んでおきますね」「少し苦しそうだったから背中のマッサージをしたのよ」といった言葉が聞かれるようになりました。また、当初は在宅療養に消極的だった家族が「お父さんが家で死にたいって言うんだもんね。頑固だから1回言い出したら聞かないから」と笑って話し、Cさんの思いを尊重する発言に変わっていきました。

 看護師は、家族の後悔が最小限となるように、家族が「患者のためになることができた」と感じることができるよう、一緒に考え助言します。そのことは、家族の無力感や自責感を和らげることにつながると考えます。

呼吸器症状へのケアのポイント

 呼吸困難は、多くのがん患者や終末期患者において、生命の危機を意識させ、生きる意味やQOLを低下させる大きな要因となります。特に終末期においては高頻度に出現し、看護ケアの場面においても対応に苦慮する症状の1つです。

 しかし、呼吸困難を多角的に評価することにより、必要なケアがみえてくるようになります。ケアは患者の病期に合わせて刻々と変化していきますが、大切なことは患者の思いに寄り添ったケアを提供していくことです。そのためにも看護師には、患者の状態を的確にアセスメントし、適切なケアを行うスキルが必要です。また、薬物療法や酸素療法だけでなく、家族ができるような非薬物療法などを提案し、一緒に行ってもらう工夫ができること。これらの多面的なアプローチが、患者と家族が穏やかな時間をもつための支援につながると考えます。


コラム 病院における、呼吸器症状のコントロール
 病院では、繊細な薬物療法や酸素療法が可能であるため、緩和ケアを考えるとき、これらの処置に頼ることが多くなるかもしれません。また、多くの患者を看護するなかで、1人の患者にかかわる時間が少ないと感じている看護師が多いかもしれません。

 しかし、患者の呼吸器症状をアセスメントし、かかわり続けることは、間接的に家族へのグリーフケアにもつながってくるものです。病院でも在宅でも看護の力は大きく、時には薬物療法以上の力を発揮することがあります。看護の力を大切にし、自分たちだけで難しいと感じたときには、病院内の専門看護師や認定看護師に頼りながら、一緒に考えていく姿勢が大切になります。

引用文献

1) STASワーキンググループ編:STAS-J(STAS日本語版)スコアリングマニュアル-緩和ケアにおけるクリニカル・オーディットのために- 第3版.
日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団,2007.
2) 田中桂子:徹底整理!肺癌ケアの基礎知識終末期の症状とその対策-呼吸困難、せん妄-.呼吸器ケア 2007;5(3):235-40.
3) 田中桂子:呼吸困難.治療学 2009;43(4):371-5.
4) NPO法人日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会編:がん患者の呼吸器症状の緩和に関するガイドライン(2016年版).金原出版,2016.
5) 牟田理恵子:終末期がん患者さんのご家族支援ガイド.(2018年9月3日閲覧)http://archive.smhf.or.jp/archiver/data/2016Kmuta3.pdf


この記事はナース専科2018年11月号より転載しています。

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