【連載】達人のコツとワザ

術前抗菌薬の適切な投与時期はいつ?

執筆 宗和 守

大阪府済生会富田林病院 中央手術室 主任 手術看護認定看護師

目次

ここで解説する内容はすべて一般的な手術を受ける場合の術前の抗菌薬投与の話です。手術とは関係なく、術前から治療として抗菌薬投与が必要な疾患をもっている場合などでは、その疾患の治療も必要となりますので医師の指示を確認しましょう。


無菌操作であれば菌はゼロ?

 手術といえば、空気がとてもきれいで滅菌ガウンや滅菌手袋を装着して、無菌操作を行う場所と思っている人は非常に多いでしょう。なぜ、そこまで手術室では無菌操作が必要かというと、やはり皮膚を切開することが一番に挙げられます。皮膚は体内への微生物の侵入を防ぐ最も有能なバリアといえます。

術前抗菌薬

 そのバリアである皮膚を切開することは体内に微生物が入る隙を与えることになるため、手術中の患者さんは非常に感染しやすい状態となります。つまり、感染を起こさないために空気の清浄度を保ち、無菌操作を行っているのです。

 先ほどから「無菌操作」といっていますが、実際のところ手術野の微生物の数が0であることはまずありません。滅菌手袋や滅菌ガウン、滅菌器械を使用しており、つい「無菌操作」といってしまいますが、「滅菌」は確率的な考え方をしており、滅菌とは「無菌性保証水準(sterility assurance level:SAL)」が10-6以下とされています。SALの考え方は少しややこしいですが、簡単にいうと滅菌された器械が100万個あった場合、そのうち1個にしか微生物が残っていないのであれば「滅菌」ということです。そのため、滅菌された器械にも菌が存在する可能性があります。

 また、手術を行うために皮膚を切開しますが、その皮膚の表面には本来さまざまな菌が存在しています。皮膚は人体ですので、器械のように高圧蒸気滅菌や低温プラズマ滅菌などを行うことはできません。そのため、よく使用される消毒薬、10%ポビドンヨードを用いて皮膚の消毒を行います。しかし消毒ではすべての微生物を殺滅することはできませんので、手術野には少なからず微生物が存在していると言えます。そしてこれらの微生物が増殖してしまうと感染が起こります。

 例えば、大腸菌は環境が整っていれば、20分で2倍に増えるといわれています1)。つまり、時間の経過とともに微生物はどんどん増殖し、感染を起こしていきます。そこで、その微生物が増えるのを抑えるために使用するのが抗菌薬です。そのため、手術部位に合わせて、手術野に存在することが想定され感染を起こす可能性のある微生物に効果のある抗菌薬を選ぶ必要があります。

 例えば、一般的な手術であれば皮膚を必ず切開するため、皮膚の常在菌である黄色ブドウ球菌が術野に存在する可能性が高いことがわかると思います。このような場合はセフェム系第一世代でグラム陽性球菌に強いセファゾリンを投与することで菌が増えないようにします。

 また、大腸がんの手術では大腸を切除した後に大腸を吻合(「再建」といいます)し、食べ物が通るようにします。その際に腸管を開くため、腸の内容物が手術野に入ることになります。そのため、ヒトの腸管内の常在菌である嫌気性グラム陰性桿菌のバクテロイデス・フラギリスに効果のあるセフェム系第2.5世代のセフメタゾールを投与します。
以上のように、手術では手術部位によって抗菌薬を使い分けて、菌の数を減らすことで感染を予防しています。

抗菌薬はどのタイミングで投与する?

 ここからが本題です。抗菌薬ももちろん薬剤ですので、手術中に十分効果が発揮される血中濃度を維持しなければなりません。そのためには、執刀開始前に投与する必要があり、手術室に入室したときや麻酔導入前後に投与するのが望ましいです。しかし、入室前に病棟で投与している施設もあるかと思います。その際は、手術前ならば、2時間でも5時間でも何時間も前から投与してもよいわけではありません。抗生剤の種類にもよりますが、だいたい投与後3~4時間が血中半減期の2倍程度になりますので、執刀開始時に有効な血中濃度が維持できるように、執刀開始前60分以内に投与するようにしましょう。

 ただし、バンコマイシンなど点滴静注で60分以上かけて投与しなければならない抗菌薬は2時間以内になります。執刀開始の60分以内と聞くとかなり幅が広いと感じるかもしれませんが、この範囲内に術前抗菌薬を投与できればよいということです。

 例えば、私の施設では手術室入室前に病棟でルートキープを行っており、手術室入室から麻酔導入・手術体位設定・消毒を含めて執刀開始までの時間が30分以内であるため、入室前30分以内に病棟で術前初回抗菌薬を開始しています。施設によっては、入室後に手術室でルートキープを取る場合は、アレルギー症状が出た際の原因を鑑別できるように、麻酔導入とずらして麻酔前または麻酔導入後に投与する施設もあります。これらはどれも執刀開始前60分以内に投与できているため適切に実施できています。

 実際に私の施設であったのですが、その日に手術を受ける患者さん全員に9時に抗菌薬を投与していたということがあります。5時入室であっても9時に投与しているため、これでは抗菌薬は全くの無駄に終わってしまいます。皆さまも自身の施設で術前の抗菌薬をどのタイミングがきちんと執刀開始前60分以内の範囲に入っているかを確認してみてください。

抗菌薬の効果はどれくらい持続する?

 もし執刀開始前60分以内にきちんと抗菌薬を投与したとして、手術時間が8時間だった場合、手術が終わるまで有効な血中濃度が維持できているでしょうか? 答えはNoです。有効な血中濃度を維持したい場合には、その抗菌薬の血中半減期の2倍で追加投与することで有効な血中濃度を維持することができます。血中半減期とは薬剤の血中濃度が半分になるまでの時間のことです。もちろん抗菌薬によって血中半減期は異なりますが、平均して3~4時間です。そのため、手術時間が3時間を超える手術であれば執刀開始から3~4時間ごとに追加投与を行います。

 それでは、手術が終わった後はいつまで抗菌薬を投与しなければならないのでしょうか? 抗菌薬の長期間の投与は耐性菌を作ります。術後3~4日抗菌薬を投与することで70%以上がその抗菌薬に耐性をもつといわれています。そのため、術後3~4日以上抗菌薬を投与するのはかえってよくありません。欧米のガイドラインでは、心臓外科など一部の手術では48時間以内、その他は24時間以内が推奨されています。手術後48時間以降も抗菌薬を投与しても、手術後48時間以内に抗菌薬を終了しても、手術部位感染(SSI)の発生率に変化はないという欧米の研究報告があります2)。そのため、ガイドラインに沿って、医療費や無駄なコスト削減のためにも24時間以内に抗菌薬の投与を終了することをお勧めします。

 手術室の看護師はもちろん病棟看護師も適切な投与時期を知り、SSIの予防に病院全体で努めましょう。


引用・参考文献

1)牛島廣治・西條政幸監修:新クイックマスター微生物学 改訂版.医学芸術者,2009.
2)Harbarth S, Samore MH, Lichtenberg D, et al.:Prolonged antibiotic prophylaxis after cardiovascular surgery and its effect on surgical site infections and antimicrobial resistance.Circulation 2000;101(25):2916-21.
3)手術医療の実践ガイドライン(改訂第三版)(2019年5月22日閲覧)http://jaom.kenkyuukai.jp/images/sys%5Cinformation%5C20161124113729-A8B7EAA930D912551E09EF56851F66DCB1D13D661B15773560320F3F2FED663C.pdf

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