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【連載】看護に関するQOL向上のWIN-WINの法則

5.看護を考える楽しさを“言葉”にして波及させ、看護師の語りの効果でWIN-WINの法則につなげる

執筆 鈴木由紀子

了德寺大学 健康科学部看護学科

「看護を考え抜く力」をトレーニングするためには前回の「4.憧れの職業の現実が見えたときこそ、“看護を考え抜く力”を養うチャンス」では、看護を考え抜く力を身につけるタイミングは、看護の現実や現場の限界を知り、看護と向き合うことを余儀なくされた個人的なタイミングの影響が大きいのではないか、ということをお伝えしました。

「看護を考え抜く力」は熟考する力、つまり思考力でもあります。今回は、「看護を考え抜く力」を使いWIN-WINの法則を導くために必要なものは何か、どうしたらそれをトレーニングすることになるのかについて考えたいと思います。

“言葉”にして伝染させることが相乗効果を生んだCさんの事例

 私が、病院で看護師として働いていたときのことです。その病棟は意思疎通が難しい患者さんが多く、そのため日々のケアをしながら、スタッフ間で患者さんの些細な変化を話し合う風土が自然にできていました。みんなで患者さんの変化を話し、看護の影響を考えて、“言葉”にして伝染させることで、看護師自身が非常に看護を楽しんで、いきいき働いていました。

 例えば、脳梗塞のため発語と身体可動域が著しく低下した患者Cさんの皮膚の状態を観察しながら全身清式をしたときのことです。

 Cさんと、私を含めた援助者2人の3人で、入浴や温泉に関する話をしながら、清拭タオルの温度の好みをCさんの反応から確認しようと思い、「私は熱いお湯のお風呂が好きですが、Cさんも熱いお湯がお好きですか?」とたずねてみると、Cさんはこちらを向いて何かを伝えたいような表情をしました。

 私には、熱いお湯が好きな様子の反応に見えたのですが、もう1人の看護師には首を横に振っているように見えたとのことで、ぬるいタオルで拭きはじめて反応を確認すると、あまりよい表情や反応ではなかったため、少し熱くしたお湯で絞ったタオルに替えるとCさんから笑みがこぼれて、最後は握手に握り返す動作をしてくださいました。

 このとき、もう1人の看護師が「Cさんがこんなに楽しそうな様子を、担当してからは初めて見ました」と声に出して伝えると、さらにCさんは楽しそうな表情となり、あまり動かさないほうの手も頑張って挙上しようと力を入れているのがわかりました。

 私たちは看護の力に感動し、申し送りやカンファレンスで自然とその話をしていました。すると、それを聞いたほかの看護師たちもCさんに対して「熱めのお湯で絞って拭きますね」と声をかけるなど、看護に変化が現れました。

 新たに声をかけはじめた看護師たちも、Cさんの反応に対して、注意深く様子を観察して確認する援助を盛んに提供し、援助時のコミュニケーションも活発に行われ、その結果、Cさんの様子が非常に意欲的に変化したのです。

 この現象は、個別ニーズに沿った清拭援助の効果のみでなく、Cさんとの意思疎通ができた喜びを看護師が言語化して伝え周囲に波及したことや、Cさんの変化を気にかける看護師たちの思いがCさんに通じたことなどが相乗効果となったと考えられます。ただ単にニーズに沿った看護の提供のみでは、WIN-WINの法則が実践されたこのような結果にまでにつながらなかったでしょう。

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看護師が言語化し、語ることがWIN-WINの法則につながる

 西村は、経験を語ることについて、「対話によっては、互いの言葉が互いの意味に触れ、そこでの『解釈』が新たな経験として生み出されてくる。こうした対話とそこで生じる解釈は、『自分が抱いていることさえ知らなかったような考えを引き出したりもする』のである」1)と、M・メルロ=ポンティの知覚の現象学を引用して述べています。

 看護師が語る看護経験は、それを聞き、捉える側の「ほかの看護師たち」により解釈されて、新たな経験として生み出され、新たな考えを引き出しながら、周囲に波及されていくのではないかと考えます。

 私は、このような現象には病棟の風土も大きく影響することを、多くの病棟実習を通して感じてきました。実習先でも、活気があり患者さんや家族の満足度も高い病棟では、病棟スタッフへの感謝の言葉がさまざまな場所で聞かれ、耳にする機会も自然と多くなります。そのような職場は看護学生や教員も「話しやすい場である」と感じるため言語化が活発になり、必然的に病棟全体の看護やほかの患者さんへの看護も気にかけるような実習になります。

 さらに、看護を語る看護師の話をよく聞いている看護学生は、その内容に大きく影響を受け、看護学生自身の目指す看護師像の形成にも影響を与えている、と私は思います。

看護を語る力に必要な共感する感性を鍛えよう

 看護を語る力は、コミュニケーションとしての会話におけるセンスも含めて、共感する感性の影響があると考えられます。この共感する感性は一般的に芸術領域との関連性があるとされているため、看護教育でも共感する感性の研鑽に芸術領域の趣味をもつことを勧める教員も少なくありません。しかし、芸術領域の趣味をもつことがなぜ、共感する感性の研鑽になるのかと、以前の私はわかりませんでした。それを教えてくれたのは、ある女性でした。

 私がニュージーランドに留学し、音楽大学の女性教授宅に10日間ほどホームステイをしたときの話です。彼女から、「感じる気持ちというのは、さまざまな出来事をどう考えて、その考えたことをどのようにアウトプットするのかという違いだけで、感じる力を鍛えるのであれば、芸術に限らずすべての事象に対して自分が感じた感覚や印象に向き合う作業が重要だ」ということを教えてもらいました。

 彼女が、自分の友人を初めて紹介するときや新たな出来事を私と共に体験したときは必ず、「How do you feel?(どう感じる?)」や「How do you think?(どう考える?)」と聞かれ、それに答えると、「Grow that sense or idea(その感覚や考えを育てなさい)」と言われました。

 芸術に触れて感性を養うということは、何をどのように感じるのかを考えることで、自分の受け止め方について向き合い他者と共有することが、同じ芸術に対する受け止め方の多様な価値観に触れることとなります。そして、それが自身の価値観の幅を広げ、共感する感性を高めることにつながるのです。そして、その人が発する言葉からその多様な価値観が溢れるからこそ、人間的な魅力となって伝わるのではないかと思います。

 その鍛錬は、芸術に触れることに限らず、すべての事象に対して行うことが重要なのです。

 「進歩のない組織で、持ちこたえたものはない」というフローレンス・ナイチンゲールの言葉があります。進歩する組織とは、もちろん組織としてのシステム面の進歩もありますが、組織を支える一人ひとりの進歩としての自己研鑽が重要ではないでしょうか。

 看護師の日々の鍛錬(オン‐ザ‐ジョブ‐トレーニング)として「看護を考え抜く力」のトレーニングを楽しみながら自然とできる環境は、WIN-WINの法則を導く重要な要素だと私は思います。


引用文献
・ 西村ユミ:語りかける身体 看護ケアの現象学.ゆみる出版,2001,p.47-52.

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