お気に入りに登録

【連載】学会・セミナーレポート

前立腺がんに対する最新放射線治療と副作用低減の取り組み

 2019年8月28日(水)に日本生命丸の内ガーデンタワー(東京都千代田区)にて、「前立腺がんにおける放射線治療」に関するプレスセミナーが行われました。超高齢社会を迎え、がんの中でも前立腺がんの罹患者数は近年増加傾向にあります。前立腺がんの標準治療のひとつである放射線治療の現状と課題、副作用低減について、東京大学医学部付属病院(以下、東大病院)放射線科の准教授、中川恵一先生による講演をレポートします。


食生活の欧米化で増える前立腺がん

 生活環境や食生活などの変化に伴い、日本人が罹患するがんにも変化が起きています。これまでは、輸血の問題で肝臓がんの患者さんがよくみられたり、冷蔵庫が普及する前はピロリ菌に感染するリスクが高かったことから、胃がんの患者さんが多い状況でした。
 
 しかし現在は、食生活の欧米化に伴い、前立腺がんの患者さんが増加してきています。男性が罹患するがんにおいて増加率トップで、2020年には1995年と比較して、患者数が約6倍になると予想されています1)。また、ホルモン産生のがんの中でも増加率トップとなっています。

手術と同等の治癒率を誇る放射線治療

 前立腺がんの根治治療は、手術以外に放射線治療も選択肢のひとつとなっています。放射線治療は手術と同等の治癒率が期待できるだけでなく、非侵襲的で、形態・機能を温存しながら治療を行えます。また、入院の必要がなく、働きながら治療を受けることも可能です。さらに、高齢者や併発症により前立腺がんの手術が困難な場合でも、放射線で治療できるケースが多くあります。
 
 患者さんにかかる負担が少なく、メリットの多い放射線治療ですが、前立腺周囲の臓器(尿路系、消化管、性機能)に生じる副作用には注意が必要です。特に直腸は前立腺と隣接しているため、どうしても放射線の影響を受けやすく、治療後3カ月以降に起こる出血が問題視されていました。
 
 頻度は高くないですが、内視鏡でのレーザー治療や、炎症が重篤な場合には輸血や手術が必要になることもあります。副作用の発症や対応は患者さんへの負担も大きくなることから、10年ほど前から正常臓器への線量を抑えた、強度変調放射線治療が行われるようになりました。しかしながら、強度変調放射線治療でも直腸を守り切るのは難しいのが現状です。

ハイドロゲルを用いた副作用低減の新しい試み

 今までは強度変調放射治療で、正常臓器への線量を最小限に抑えていたものの、がん病巣への放射線を完全には集中させることができませんでした。
 
 そんななか、副作用の低減への新しい試みとして「ハイドロゲルスペーサー」が登場しました。ハイドロゲルスペーサーは、前立腺と直腸の間にゲルを挿入することで隣接する直腸を前立腺から遠ざけ、高線量が直腸に照射されるのを防ぎます。東大病院では承認前の2017年から臨床試験を開始していますが、日本では2018年6月に保険適応となり、販売が開始されました。
 
 ハイドロゲルの挿入は外来で行うことが可能です。局所麻酔後、経直腸超音波ガイド下で経会陰的(陰嚢と肛門の間の部分から)に直腸と前立腺の脂肪層まで針を刺入します。刺入後は生理食塩水を注入しスペースが確保できていることを確かめ、スペースを確認できたらハイドロゲルスペーサーに付け替え、約10秒かけてハイドロゲルを10mL注入します。その後、エコーで挿入位置を確認して終了です。挿入後は普段通り放射線治療を行います。
 
 ハイドロゲルスペーサーにより、3カ月程度は前立腺と直腸の間にスペースを保持することができ、ハイドロゲルは半年から1年で吸収され体外に排泄されます。

直腸への線量が大きく減少

 アメリカで実施された、ハイドロゲルスペーサーを使用した前立腺がんに対する強度変調放射線治療の無作為比較実験では、ハイドロゲルスペーサーを使用することで「直腸への線量の低減」「直腸の晩期有害事象(出血など)の低減」「性機能保持率の向上」が可能になることがわかりました2)、3)

 東大病院でハイドロゲルスペーサーの有用性と安全性を検証した臨床試験でも、27症例で直腸への線量を大きく減らすことができたとの結果が得られました。2018年6月の販売開始以降、ハイドロゲルスペーサーを使用した症例が増加しており、これまでに全国の80施設、2,800例以上(2019年8月現在)が実施されています。
 
 社会の変化により、前立腺がんの患者さんは今後も増加することが見込まれます。ハイドロゲルスペーサーを用いた放射線治療は、患者さんにとって非常に大きな恩恵をもたらす可能性を秘めています。一方で、がん患者さんのうち、放射線治療(併用も含む)を受ける患者さんの割合は3割程度とまだまだ少ないのが現状です。身体への負担を最小限に抑え、働きながら受けられる治療があることを広く知ってほしいと思います。

引用・参考文献

1)大島明 他編:がん統計白書 罹患 死亡 予後,篠原出版新社,2004,p.202-16.
2)N Mariados et al:Int J Radit oncol Biol Phys.2015;92(5):971-7.
3)Hamastra DA et al:Int Radit oncol Biol Phys.2015;97(5):976-85.
●国立がん研究センター:がん情報サービス「がん登録・統計」,地域がん登録全国推計値,2006
●日本放射線腫瘍学会:全国放射線治療施設構造調査の解析結果,2009

ページトップへ