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【連載】学会・セミナーレポート

12月1日は「世界エイズデー」~東京オリンピックを前に、性感染症(HIV感染症を含む)感染予防対策を考える~

2019年10月23日に、「12月1日は「世界エイズデー」~東京オリンピックを前に、性感染症(HIV感染症を含む)感染予防対策を考える~」と題したプレスセミナーが行われました。HIVの克服は、社会全体で取り組んでいく必要があります。2020年を目前にした今、正しい知識へのアップデートを行うべく、HIVの現状と課題、東京オリンピックにおけるHIV・性感染症対策について、熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター 臨床レトロウイルス学分野(松下研究室)教授 松下修三先生による講演をレポートします。


正しい知識の獲得でスティグマのない社会へ

 これまで、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染者は誤った情報によって精神的な苦痛を受けてきましたが、「エイズに感染するとやせ細り死に至る」ということは、今の日本では起り得ません。治療薬の進歩により、HIVに感染しても非感染者と同様の生活が送れるまでになっています。抗ウイルス薬による治療をきちんと継続できてさえいれば、パートナーへの感染も起こらず、AIDSを発症することもほとんどなくなりました。
 
 一方、新しくHIV感染症と診断される人数は横ばいです。HIVをはじめとする性感染症は、自己責任として個々の判断に任せるだけでは予防は困難であり、一人ひとりが正しい知識をアップデートするとともに、社会が性の多様性を受け入れていく必要があります。

HIV感染症の現状と課題

 HIVの感染経路は、性的接触・血液感染・母子感染の3つです。HIVが体液を介して体内に侵入すると、免疫機構の中心的役割を担っているCD4+細胞に感染します。HIVはCD4+細胞内で増殖し、多くの変異を獲得する一方、感染したCD4+細胞は数日で破壊されます。
 
 HIVの初感染時には発熱、咽頭炎、頭痛、下痢などの強い炎症反応に伴う症状が表れます。課題としては、これらの症状がインフルエンザ様症状として扱われ、HIV感染に気付かず、対応が遅れるケースも起こり得ることです。また、現在の抗ウイルス薬はウイルスの増殖を抑えるもので、感染細胞そのものを排除することはできません。そのため、服薬は一生継続する必要があります。 
 
 ただ、HIV感染の早期診断・早期治療が行われれば、非感染者の平均寿命に近いくらいまで生きられるようになっています。死亡原因もAIDSそのものではなく、心臓病や腎臓病といった合併症に起因するものがほとんどです。

感染予防の情報もアップデート

 「Safer sex(自分も相手も感染の可能性が否定できない状況下ではコンドームを適切に使用し、HIVやほかの性感染症を予防する)」という言葉があるように、性行為の際はコンドームを正しく使用することが推奨されています。しかし、同性間の性交渉では妊娠の可能性を考える必要がなく、コンドームの使用が100%に至らないという現状があります。そのため、新たな感染対策が検討されてきました。

 そのような中、感染者と非感染者のカップルに対して感染予防の教育後すぐに治療を開始することで、感染が抑制できたという結果が公表されています1)。HIVに感染していても、治療によってウイルス増殖が抑制されていれば他者への感染が起こらない、つまり「治療が予防になる」ということです。
 
 また、2014年には、国連合同エイズ計画(UNAIDS)がHIVを制御するための目標として「90-90-90」(表)を提唱しており、これが達成できれば、HIVの感染予防効果が高まるとされています。

表 90-90-90の目標


1.HIV陽性者の90%以上が検査を受けて感染を自覚する
2.その90%以上が抗ウイルス薬による治療を受ける
3.その90%以上で血中ウイルス量が検出限界以下となる

 ほかに、日本ではまだ未承認の段階ですが、HIV未感染のハイリスク者が感染リスクを抑えるために抗ウイルス薬を予防的に内服する「PrEP(プレップ)」という方法もあります。その日のうちに治療が開始できるこの曝露前予防内服は、アメリカをはじめ40カ国以上で薬剤の承認がなされており、世界保健期間(WHO)もすべてのハイリスク者に薬剤の配布が行われるべきとしています。

検査を受けやすい環境を整備

 HIVの早期診断・早期治療は、個人はもちろん社会にとっても大きな利益を生むといえます。しかし、無症状で検査を受ける人はまだまだ少なく、病院を受診した結果、HIV感染と診断される割合が多くなっています。2017年に報告されたHIV感染者は976件、AIDS患者は413件で、両者を合わせた新規報告件数の合計は1,389件でした2)
 
 HIV感染を予防して新規感染者を減らすためには、検査を受けやすい環境を整えることが必要です。現在は大半の保健所が無料匿名でのHIV検査が可能で、他の性病も併せて検査できるところもあります。自宅で検査できる郵送検査という選択肢もあるほか、医療機関でも希望に応じて検査を行っています。

東京オリンピックにおけるHIV・性感染症対策

 これまでのオリンピックではHIVなど性感染症の拡大が起こらないようにさまざまな対策がとられおり、厚生労働省もまた過去のオリンピック開催都市の取り組みを調査しています。
 
 例えば、2012年の開催都市であるロンドンでは、およそ15万個のコンドームをオリンピック選手に配布し、さらにセクシャルヘルスに関する一般向けの啓発活動も行うなど、多数の対策をとってきました。セクシャルヘルスのネットワーク構築がなされたことで、オリンピック後のロンドン市ではHIV新規感染者数が減少するという結果が出ています。  

 日本でこのような取り組みを行うとなると、包括的にセクシャルヘルスを扱える医療機関が不足しているという課題に直面します。これを解決するためには、まずセクシャルヘルスを診る施設や専門医との連携システムの整備を行い、社会全体で性の多様化や多言語・多文化への対応をとっていかなければなりません。
 
 また、誰もが検査を受けやすいような検査環境や新しい検査体制の再整備、そしてHIVの診断から治療開始までの期間短縮やPrEPの導入なども必要と考えられます。

引用文献

1)Myron S. Cohen et al:Prevention of HIV-1 Infection with Early Antiretroviral Therapy,N Engl J Med.2011 Aug 11;365(6):493-505.
2)厚生労働省エイズ動向委員会:平成29年(2017年)エイズ発生動向―概要―.(2019年11月7日閲覧)https://api-net.jfap.or.jp/status/2017/17nenpo/h29gaiyo.pdf

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