【連載】看護部長インタビュー

第1回 自身の看護に対するこだわりを自慢できるように育ってほしい【聖マリアンナ医科大学4病院 ナースサポートセンター長(統括看護部長)】

執筆 陣田泰子

聖マリアンナ医科大学4病院 ナースサポートセンター長(統括看護部長)

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自身の看護観

看護師として一番大事なのはもちろん現場です。私が「看護師」という仕事を見つめ直すきっかけとなったのは、平成7年に看護短大の教員になったときです。教員になるということに迷いはありましたが、現場で身につけたことが少しでも伝えられるなら、と思い教員となる決断をしました。

しかし教員になって講義をしてもどうも違和感がありました。看護は「実践の科学」と言われるように、実践、経験がものをいう世界です。それが教員として通じないわけがないと思っていたのですが、うまく伝えることができませんでした。

そんなときにクルト・レビンという社会心理学者の「実践なき理論は空虚、理論なき実践は盲目」という言葉に出会い、私には実践はあるが理論がないと気がついたとき、私はもう教員の柄ではないと思い、現場に戻りました。そして現場で得た経験を概念化、理論化すべく、「看護現場学への招待」などの本を書きました。だからこそ現場の実践を通して看護のキャリアが発達していくことの重要性を今、伝えています。

現場で学んだ看護師としての仕事の意味

いつも話す経験があります。アミトロ(筋萎縮性側索硬化症)という難病の患者さんの話です。アミトロとは筋肉の病気で、体がすべて動かなくなり、まばたきだけしかできなくなる病気です。 大学病院に入院してもどんどん悪化し体は動かなくなり、呼吸器をつけられ、最初は「死にたい。死にたい。」としか言いませんでした。

しかしある看護師が、「俳句を作ったらどうか?」と提案しました。最初は反応がなかったのですが、後日もう一度聞いたところYESのサインが返ってきました。 最初に作られた俳句は今も覚えています。

「こまねずみ よくぞはたらく はちみなみ」(8南は病棟の名前)

それからだんだんと、「死にたい」という言葉が減っていきました。ある日その患者さんと懇意だった看護師がこの先、数年同じ病状が続くとしたらどうですか?と尋ねたところ、少し考えて、「つらくてもいきていたい」と答えました。なぜか?と聞くと、「みんなよくしてくれる」と。

この言葉にみな驚き、感激しました。 そのあと3年生きて、患者さんは亡くなりました。しかしどんな患者さんでも、明日亡くなるとわかっているとしても、今できる最高のケアをしつづける、それは医師や薬剤師ではなく、看護師唯一の仕事。改めて自分たちの仕事の意味がわかった思いがしました。

聖マリアンナ医科大学病院のこだわり

聖マリアンナ医科大学病院では、ケア・キュア・コアという3つの言葉で看護部の理念を表しています。療養上のお世話をするケア、診療の補助をするキュア、そしてその知識や技術の土台になるのが、患者さんの持っている個別のニーズに対応する、患者さんの持つ潜在能力を引き出せるようなナースとしてのかかわりのスキル、「コア」という考え方です。

看護部長になって一番最初にした仕事がこの理念を図にして浸透させることでした。看護師という仕事以外にも、最近では楽でお金をもらえる仕事は多いと思います。それでも看護師という仕事を選んだ人は少しでも人に役立つ仕事をしたいという思いがある人ではないでしょうか。

看護部であなたのやる気を高めるものは何?とアンケートを取ったところ、 1番は患者さんとの関わり、2番が人間関係、お給料は3番目でした。私はお給料や待遇改善ももちろんですが、まず看護師と患者さんとがうまく関われるような、その中でやりがいを見つけられるような体制作りをしていかなければならないと思っています。