【連載】ナースのための認知症ケア

第12回 過去に生きる、認知症患者

監修 三宅貴夫

社団法人 認知症の人と家族の会 顧問 京都保健会盛林診療所 所長


▼認知症の看護・ケアの記事をまとめて読むならコチラ
認知症・認知機能障害の看護ケア|原因、症状、アセスメントのポイント


認知症ケアの基本となる認知症の人の心理を理解するため、さらに二つの特徴について説明します。

過去に生きる

 退職してかなりの年月が経っている認知症高齢者で、朝になると「会社行く」と言って外出しようとして家族を困惑させることがあります。また子供たちは独立して孫までいる女性の認知症高齢者で、夕方になると「子供が帰ってくるから、食事の用意をしなければ」と落ち着かなくなることがあります。

 こうした言動は認知症、とくにアルツハイマー病の人に特徴的に見られる「過去に生きる」状態と考えています。アルツハイマー病を発病すると、発病した後の数年間の記憶がないことは理解できますが、病気が進むと発病前にさかのぼって記憶が曖昧になったり、失われたりします。

 例えば83歳の認知症高齢者で80歳頃アルツハイマー病を発病すると80歳前の30年間の記憶まで曖昧になります。曖昧な記憶ではなくはっきりした記憶、即ち50歳代の記憶の世界に生きているようになります。すると50歳代では妻は40歳代かもしれません。

 目の前に居る年老いた現実の妻と過去に生る世界のなかでの「幻の若い妻」とが合わなくなり、妻に向かって「失礼ですが、どなたさまでしょうか」とよそよそしく話しかけ、妻は驚き懸命に説得しようとしますが、なかなか分かってくれないことがあります。

 あるいは鏡に映った自分の顔と過去に生きる世界で思い描く自分の顔とが合わなくなり、鏡の映った人を他人であるかのように話しかけることにもなります。 この「過去に生きる」という認知症の人の心理を知ることでその言動が理解できるようになるでしょう。しかしこれを「過去に生きる」ことをどう受けて日々のケアに活かすかは難しい課題です。

感情は残る

 認知症はあくまでも認知機能の低下であって、人が持つその他の精神活動である感情、思い、期待、プライド、性格は残っていることが多いのです。何を食べたかは忘れてしまっても、好きな物を食べたことによる満足感は認知症のない人と同じです。

 ここ2,3年、日本でも認知症の人自身が多くの人の前で自分の思いを語るようになりました。そこには病気が進むことへの不安とそうした自分を一人の人間として支えて欲しいという思いや期待が込められていることを私たちは知るようになりました。

 また認知症が進んで家族から、「おばあちゃん、ぼけでだめね!」などと言われると年をとっても持っているプライドが傷つき不愉快にもなり感情的に反発するでしょう。性格は一般的に同じように残ります。勝気な人は認知症になっても勝気でしょう。自己中心的な人、穏やかで思いやりのある人も認知症になっても同じような性格をもったままのことが多い。

 しかしなかには、ますます頑固になるといった性格がより強くなる認知症の人や、それまで上品な振る舞いをしていた女性が服装が乱れても気にしなくなといった性格が変化する場合もあります。これは性格の現れ方をコントロールする理性的な働きが認知症のために衰えたためではないかと理解しています。

 認知症の人が認知機能は低下しても「感情が残る」というのは、脳の感情を司る部分は認知症という病気による変化を受けにくいためとも言われています。

 しかしアルツハイマー病などが進行性の認知症では、この感情活動さえ乏しくなり無関心、無表情の状態になり、感情的な交流さえなくなることもあります。 感情が残るということは、認知症の人の残存機能の一部と考えることができ、衰えた認知機能ではなく、残った感情に働きかけることは認知症ケアに極めて基本的なことです。すなわち伝える内容ではなく、伝え方や言葉遣いが、説得ではなく納得が、生活の雰囲気が重要となります。

 さらに介護者の説明や言動ではなく、介護者の思いまでが認知症の人に伝わることもあるのです。ここに認知症ケアの鍵の一つがあると考えています。

ページトップへ