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【連載】看護部長インタビュー

第13回 教育体制と環境づくりでへこたれない看護師を育てたい!【済生会横浜市東部病院 看護部長】

取材 熊谷雅美

済生会横浜市東部病院 看護部長

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済生会横浜市東部病院の熊谷雅美さんは、厚生労働省の「新人看護職員研修に関する検討会」の委員として、ガイドライン作成に携わってきた一人。そんな熊谷さんに、潜在看護師の再就職支援などを含めた教育体制や、働く場としての環境について聞きました。


「私は何もわかっていない」その思いから教育の道へ

──看護師教育に目覚めたきっかけを教えてください。

入職して5年目、外科病棟主任の頃のことです。痛みの訴えが多く、5分おきにナースコールを鳴らす患者さんがいたのですが、その方との出会いが看護の原点をみつめ直すきっかけになったのかもしれません。

その患者さんはがんの再発でした。今から25年前頃はがん性疼痛に対する麻薬の使用が、現在のようにうまくはありませんでした。患者さんの痛みになす術もなく、そのうち本当に痛いのか、精神的なもの──例えば不安からくるものではないのかと考えるようになりました。

そんなとき「ここが痛いですか?」「そこ、そこだよ」と言葉を交わしながら背中をさすっていると、寝息が聞こえてきたんです。このとき初めて「痛みの訴えには、自分の行く末への不安や孤独感などの心の痛みも含まれているのでは」との思いに至りました。

チームカンファレンスでスタッフにこの話をし、ケアの方法を具体化させました。すると、次第にナースコールの回数は少なくなり、私たちはようやく患者さんを理解することができた思いでした。

──ナースコールは不安や孤独感の表現だったのですね?

この経験を通して、看護技術を身につけることに満足していたけれど、自分はいったい何を学んできたのか、何もわかっていなかったのではないかという気持ちが芽生えました。

こうして患者さんに寄り添うことこそ自分の看護の姿勢だと確信できたのです。そこで、もう一度看護を勉強し直そうと、臨床を離れて卒後教育機関へ進学。教育の道への一歩を踏み出しました。

Aと教えたつもりがBと伝わって

──教育の難しさとはどんなところにあるのでしょうか。

卒後教育機関で看護教員養成に携わっていたことがあります。私自身も勉強しなければと大学院で教育学を修めたのですが、そこで、教える側は意図する通りに伝わっているか、教わる側と一つひとつ確認しながら進めなければならないことを学びました。

Aと教えたつもりがBと伝わっていた。なぜBになったのか、どうしたらAと伝わるのか、リフレクションが重要なのです。教育とは一方的に与えることではなく、教える側と教わる側の「営み」で成り立っているということです。そうすると、自分の価値観、ものの見方もわかってくるんですね。

――双方向のコミュニケーションが大切なのですね。

また、学生指導をしていたときに、学生から泣いて相談されたことがありました。80歳代のがん患者さんとその奥さんが、学生にハンカチをプレゼントしてくれようとするというのです。

高価なものではありませんが受け取るわけにはいかない、それで困っていると彼女は説明しました。確かに規則では受け取ってはいけないことになっています。でも、患者さん夫婦にも何か特別な思いがあったはずです。

ご夫婦には子どもがいませんでした。2人だけの生活のなかで、あるとき突然ご主人ががんであることを奥さんは知りました。余命がないなかで2人は相談して、叶えられなかった希望を成し遂げようと考えました。

──ご夫婦の真意とは何だったのでしょう。

それは、自分たちの子どもにプレゼントをあげること。身の回りのケアをしてくれる看護学生は、ご夫婦にとってその希望を叶えてくれる神様からの贈り物に思えたのです。診療費以外のものをもらうことは禁止されているかもしれません。でも、なぜくれようとするのか、向き合うことも大切なのだと思います。

一生大切にしますといって受け取ることも時には素晴らしい経験になるはず。そうしたことを教えるのも教育だと思っています。

臨床で驚いたのは、身体的にも精神的にも疲弊したナースがいること

──熊谷さんは、2003年に看護部長として、教育現場から病院勤務に戻られています。久しぶりの臨床はどうでしたか。

臨床に戻ってきてびっくりしたのが、身体的にも精神的にも疲弊して休職・退職する看護師が多いことでした。

看護部長として就任した最初の仕事は、うつで休職願いを出している看護師との面接。「職場の人間関係」が理由だというんですね。私が新人の頃は、仕事が大変でも一人前になった気分でルンルンしていたくらいで(笑)、学生時代はともかく看護師になってから疲弊して辞めてしまう人はいなかったので、臨床でいったい何が起きているのかと、とても驚きました。

──なぜ現場の様子が大きく変わってしまったのでしょう?>

その原因になっているのは、医療が高度化・専門分化されて少々の努力では立ち行かなくなっていたり、機械化で便利になった半面、最新機種を使いこなさなければならないプレッシャーが生じていること。また、価値観も多様化し、患者さんあるいは職場での人間関係の難しさがとてつもなく大きなストレスになっているようでした。

これは一大事、「へこたれない看護師」を育てなければ何も変わらないと感じました。価値観の異なるさまざまな人を受け入れられる余裕と毅然とした考え方をもった、ちょっとやそっとでは揺れない、ぶれない人を育てなければなりません。

それには、新人には基礎教育で身につけた技術と臨床現場で求められる技術のギャップを埋める臨床研修を、先輩看護師にはキャリアラダーをつくって教えることを学べる体制を整備すること、つまり教育対策が急務と考えたのです。システムとしてつくり上げるまで試行錯誤しながら、現在も毎年進化させています。

──働く看護師のモチベーションアップにはどのような働きかけをされたのですか。

当院の開院準備をスタートさせた頃のコンセプトが「一歩先をやろう」でした。看護領域のなかでの「一歩先」は、院内のいろいろな場面で看護師が活躍できることです。

その取り組みの一つがエキスパート、スペシャリストの養成。高度化・専門分化された医療にジェネラリストでは対応しきれません。看護部の施策として積極的な養成を挙げ、病院側からの支援をいただいて始めました。

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